観測成果

すばる望遠鏡発の精密宇宙論の幕開け
―ダークマター、ダークエネルギーの解明を目指して―

2018年9月25日 (ハワイ現地時間)

  すばる望遠鏡の威力を最大限発揮させた超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム, HSC) による宇宙観測の国際共同研究プロジェクトは、宇宙の3次元ダークマター (注1) の空間分布について最も深く (過去の宇宙) かつ広い天域の地図を作成し、解析しました。東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の日影千秋特任助教を中心とする、東京大学、国立天文台、名古屋大学、米国プリンストン大学、米国カーネギーメロン大学、台湾中央研究院天文及天文物理研究所 (ASIAA) の研究者らからなる国際研究チームは、約 1000 万個の銀河の形状における重力レンズ歪み効果 (注2) を観測することに成功し、銀河などの宇宙の構造 (注3) の形成の度合いを表す物理量を精密に測定しました。今回の HSC の結果と欧州宇宙機関 (ESA) の宇宙背景放射観測衛星 Planck および他の宇宙観測の結果と組み合わせることで、研究チームは宇宙最大の謎であるダークエネルギー (注4) の性質についても知見を得ることに成功しました。


図1

図1: (左) 背後にある青色のカラー地図は、HSC データから測定した宇宙の3次元ダークマター地図 (明るい場所はダークマターがより沢山ある領域を示します) であり、HSC データの銀河の形のゆがみ (図の白線) から推定したものです。白色の棒は、各ピクセルに含まれる銀河の平均的なゆがみの方向を表し、重力レンズ効果を示す。(右) 我々から異なる距離にある銀河を測定することで、それらの光は宇宙空間を旅行し、過去の異なる時代の宇宙における物質 (主にダークマター) により重力レンズを受け、それをすばるデータから測定することで、ダークマターの3次元地図を復元することができます。(クレジット:HSC Project/東京大学)



  HSC データに基づく本研究の遠方銀河を用いた宇宙の構造形成の度合いの測定結果は、より近傍の宇宙にある銀河を用いた米国中心の Dark Energy Survey (DES) と欧州中心の Kilo-Degree Survey (KiDS) の重力レンズによる測定結果とも良い一致を示します。しかしながら、これらの重力レンズの測定結果は、Planck 衛星が予言する宇宙模型と比較して、宇宙の構造の形成の度合いはそれほど大きくないことを示唆しています。この不一致は測定の統計的誤差による見かけ上のことなのでしょうか、あるいは現在の標準的宇宙模型に何か綻びがあるのでしょうか?今後の HSC の観測データを用いることにより、この疑問を解決することができます。今回の成果は、ダークマター、ダークエネルギーの解明に向けた HSC による精密宇宙論の最初の第一歩です。

  ダークマターは光では直接見えませんが、アインシュタインの相対性理論が予言するように、宇宙の重力は遠方銀河から発せられた光の経路を曲げる重力レンズと呼ばれる現象を引き起こします。遠方銀河からの光は、約 90 億年もの気の遠くなるような年月をかけて宇宙空間を旅し、すばる望遠鏡に到達します。つまり、銀河からの光は宇宙の構造がどのように形成されてきたかの目撃者であり、またその重力レンズ効果を観測することで、加速膨張を引き起こすダークエネルギーの謎にも迫ることができます。ダークエネルギーの最も単純なモデルは宇宙定数ですが、これに基づく宇宙模型は HSC の結果を含む全ての宇宙観測を矛盾なく説明できます。アインシュタインはかつて「人生最大の過ち」と嘆きましたが、宇宙の標準模型で復活したのです。

  研究チームが着目する重力レンズ効果は非常に小さいのですが、銀河の形状から測定可能な現象です。何百万もの銀河の形状を測定することにより、宇宙の物質 (主にダークマター) の3次元分布を復元することができます (図1およびムービー)。研究チームは、詳細にダークマターの分布を解析し、その分布が数十億年の歳月をかけて、どのように形成してきたかを調べました。

  研究チームは、すばる望遠鏡に搭載された HSC を用い、2014年春から大規模な宇宙イメージング (撮像) 観測を行っています。口径 8.2 メートル主鏡の大集光力、一度に満月約9個分もの視野を観測できる広視野、遠方銀河のシャープな画像を撮ることを可能にする解像度の良さにより、HSC は広い天域にわたり遠くて暗い宇宙の銀河をイメージング観測するには他の追随を許さない世界最高の観測装置です。今回の研究成果は、すばる望遠鏡の約 90 晩、また約 140 平方度の天域 (満月約 3000 個分の視野の広さ) にわたる観測データに基づいています。

  今回の研究を行うには、個々の銀河の形状を極めて正確に測定する必要があります。着目する重力レンズ効果は非常に小さいので、研究チームはまず銀河の形状の測定に影響を与え得る様々な効果 (大気のゆらぎ、観測装置の影響など) を注意深く調べる必要がありました。大気のゆらぎの影響を受けないハッブル宇宙望遠鏡の銀河画像のデータから HSC の銀河の画像をシミュレーションするなど、非常に忍耐強く注意深い解析を重ね、研究チームはそれらの測定誤差が今回の研究結果に影響を与えないことを確かめました。

  微小な重力レンズ効果を正確に測定できたとしても、その検出には注意深い解析を必要とするため、観測結果が先行研究の結果と一致した途端にその解析をやめてしまうといったような、心理的影響による人為的な操作が起きてしまうかもしれません。このような操作は「確証バイアス」と呼ばれ、客観的、信頼に足る結果を導出するために、できるだけ避けなければなりません。この理由で、研究チームはブラインド解析 (注5) と呼ばれる手法を用いました。研究チームは、物理解析から得られたパラメータの実測値、あるいは他の観測結果と比較することなしに、一年以上にかけて様々なテストを行いました。

  今回の HSC の重力レンズの観測結果から、宇宙の構造形成の進行度合いを表す物理量 (以後 S8) を測定することができます。例えば、S8 が大きい宇宙では、宇宙の構造がより進化し、例えばより多くの銀河が存在することを意味します。研究チームは、今回の高精度の HSC データの観測結果により、S8 を 3.6% の精度で測定することができました。これは米国の DES の重力レンズ効果の観測から得られた S8 の測定結果と同等の精度です (図2)。DES は HSC より 14 倍広い領域を観測していますが、近傍の宇宙だけを観測しています。HSC によってより遠くの暗い銀河まで観測すること、また過去に例がないほど解像度の高いダークマター地図を作成することで、研究チームは観測領域が小さいにも関わらず、DES と同等の測定精度を達成できたのです。このことは、世界で進行している重力レンズ観測の計画の中で、HSC の強み、他の観測結果に対する相補性を如実に表しています。


図2

図2: 宇宙のさまざまな時期の観測によって得られた現在の宇宙の構造の進行の度合いの測定結果。赤い円が HSC の測定結果を示しており、弱い重力レンズ測定の中では、最も遠い (過去の) 宇宙の構造を観測できたことを示しています。Planck 衛星の宇宙背景放射による宇宙初期の観測結果や、他の重力レンズ観測である Dark Energy Survey (DES) や Kilo-Degree Survey (KiDS) の結果との比較も示しています。(クレジット:HSC Project/東京大学)


  Planck 衛星によって観測された幼少期 (約 40 万年後) の宇宙と比較したところ、HSC の測定結果は、Planck が支持する宇宙模型と矛盾がありませんでした (図3)。その模型とは、ダークマターとダークエネルギーが宇宙の全エネルギーのほとんどを占め、ダークエネルギーはアインシュタインが導入した「宇宙定数」のように振る舞う、いわゆる最も単純な宇宙模型です (図4)。しかし、これまで重力レンズの観測によって測定された宇宙の構造の成長度合い S8 は、Planck 衛星の予想よりわずかに小さい値を示しています (図5)。これは、ただ単にデータ量が限られていることによる統計的な不定性によるもの、あるいは一般相対性理論と宇宙定数に基づく宇宙の標準模型の綻びを示唆しているかもしれません。今回の HSC の結果は、全計画のたった約 10% のデータを用いたものであり、今後の HSC データにより標準的な宇宙模型への理解をさらに深め、ダークエネルギーの正体を解明できる可能性が十分にあります。


図2

図3: 3次元のダークマター地図の解析から推定された、宇宙の全エネルギーに占める物質の割合 (それ以外はダークエネルギー) と現宇宙の構造形成の進行の度合いを表す物理量 S8 の測定結果。HSC の重力レンズ観測によって得られた S8 の値は、Dark Energy Survey (DES) や Kilo Degree Survey (KiDS) の重力レンズ測定による、より近傍の宇宙の結果と一致しています。また図中の青部分は、プランク衛星の宇宙背景放射観測による初期の宇宙の結果を示しています。(クレジット:HSC Project)



図4

図4: ダークエネルギーの時間進化を示すパラメータ w の測定結果。図中の青い等高線は HSC 観測のみの測定結果、赤い等高線は、HSC 観測に加えて、Planck 衛星、超新星やバリオン音響振動の観測を組み合わせた測定結果です。(クレジット:HSC Project)



図5

図5: 左図は HSC などの重力レンズ観測が支持する宇宙模型の構造のシミュレーションの結果。右図はプランク衛星の観測が支持する宇宙模型の構造のシミュレーションの結果を示します。2つの図の違いはわずかではありますが、Planck の支持する宇宙では HSC の宇宙に比べより構造が進化していることがわかります。果たして、この違いが単なる統計的な誤差によるものなのか?世界中の天文学者は、この疑問に答えるため、さらに多くの観測データを集めています。(クレジット:東京大学、Kavli IPMU 西道啓博特任助教提供)


  本研究の中心となった日影千秋特任助教は「WMAP や SDSS のような精密宇宙論の研究をすることが学生の頃からの私の目標でした。すばる HSC による世界最高級の精度での宇宙論解析が実現でき、大変興奮しています」と述べています。

  また、HSC 開発責任者の宮崎聡准教授 (国立天文台先端技術センター) は、「今回の論文は、私たちが宇宙論パラメータ決定のために開発してきた解析手法を公開し、同業の専門家にチェックをしてもらうと言う意味で大変重要です。同時に HSC のデータの質の高さを示しています。また、今回得られた結果は、私たちが2018年2月に公開した『標準模型の予想より暗黒物質のかたまりが少ない』という結果を支持し、天文学的にも大変興深いものです」と語っています。


  本研究成果は日本時間2018年9月26日にプレプリントサーバー (https://arxiv.org) で公開されました (Chiaki Hikage, Masamune Oguri, Takashi Hamana, Surhud More, Rachel Mandelbaum, Masahiro Takada, et al., "Cosmology from cosmic shear power spectra with Subaru Hyper Suprime-Cam first-year data")。日本天文学会欧文研究報告 (Publications of the Astronomical Society of Japan; PASJ) に投稿され、専門家による厳正な査読が行われます。また本研究成果は、科学研究費補助金 JP15H03654, JP16K17684, JP16H01089, JP17H06599, JP18H04348, JP18K03693, JP18H04350, JP15H05887, JP15H05892, JP15H05893, JP15K21733 によるサポートを受けています。



(注1) ダークマター
宇宙にある物質の 80% 以上は、原子などではない未知の物質であると考えられています。ダークマターは、私たちの母、すなわち星や銀河、銀河団などの宇宙の構造を形成する役割を果たしているとされています。本研究で紹介した弱い重力レンズ効果を測定することで、宇宙のダークマターの地図を作り、また宇宙の構造がどのように形成されたかを明らかにすることができます。

(注2) 弱い重力レンズ効果
重力レンズ効果とは、ダークマターの重力によって光の軌道が曲げられる現象のこと。その結果、銀河や銀河団など重力の強い領域は拡大レンズのような役割を果たし、その背後にある銀河の形を引き伸ばしたり曲げたりなど、銀河の形をゆがめます。弱い重力レンズ効果は、このゆがみの大きさが非常に弱く、1% にすら満たない場合があります。

(注3) 宇宙の構造
COBE、WMAP、および Planck 衛星は、宇宙が約 38 万歳、その温度が 3000 度の超高温だった頃のビックバン直後の宇宙の姿を観測しています。当時の宇宙は目立った構造もなく、退屈なものでしたが、10 万分の1ほどのわずかなダークマターの密度ゆらぎがあります。ダークマターの重力によって、ダークマターがわずかに多いところに物が集まり、それによって重力が増えてさらに物が集まることを繰り返した結果、星や銀河、銀河団など宇宙の構造が形成されてきたと考えられています。一方で、ダークエネルギーは宇宙の膨張を加速し、ダークマターが作った構造を逆に引きはがそうとすします。ゆえに、宇宙の構造はダークマターとダークエネルギーの競争の結果として形成されていきます。宇宙の構造を精密に測定することで、このせめぎ合い、つまり、どのようにしてダークマターが構造を形成し、ダークエネルギーが引き剥がしていっているのかを正確に調べることができるのです。

(注4) ダークエネルギー
重力は引き合いますが、決して押し返すことはありません。ビッグバンによって、あらゆるものが飛散した後、重力による引力作用でブレーキがかかり、宇宙の膨張速度は遅くなると思われていました。しかし、1998年に宇宙の膨張が加速していることが発見されました。この宇宙の膨張を後押しする何かを「ダークエネルギー」と呼んでいます。もしダークエネルギーが運動量を拾い上げ、宇宙の膨張の速度が無限になると、ビッグリップによって宇宙は終わりを迎えます。つまり、ダークエネルギーは宇宙の運命の鍵を握っていると言えるのです。

(注5) ブラインド解析
解析者による心理的な影響を排除するため、目標とする物理量や被験者の情報等を隠した状態で解析作業を行う手法。素粒子物理学や医学の分野で用いられています。



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