観測成果

かつてない広さと解像度のダークマター地図

2018年2月26日 (ハワイ現地時間)

  国立天文台、東京大学などの研究チームは、すばる望遠鏡搭載の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam を用いた大規模探査観測データから、重力レンズ効果の解析に基づく史上最高の広さと解像度を持つダークマターの「地図」を作成しました (図1動画)。この「地図」からダークマターの塊の数を調べたところ、最も単純な加速膨張宇宙モデルでは説明できない可能性があることがわかりました。加速膨張宇宙の謎を解き明かす上で新たな知見をもたらす成果です。


図1

図1: HSC の銀河の形状から弱重力レンズ効果を利用して再構成した、ダークマターの2次元分布図。濃い部分がダークマターのかたまりが観測された場所を表します。今回観測された 160 平方度のうち、約 30 平方度の連続した領域を示しています。特にダークマターが集中している場所をオレンジの丸で示しています。丸印を省いたものはこちら。(クレジット:国立天文台/東京大学)


加速膨張宇宙の謎

  1930年代のエドウィン・ハッブルらによる宇宙膨張の発見は、静止している宇宙から運動している宇宙へと、人類の宇宙観に大きな転換をもたらしました。宇宙全体の運動を記述するためには、膨張していく「空間」とその中にある天体により生じる「重力」の関係が必要でしたが、アインシュタインがその方程式をすでに準備していたおかげで、アインシュタイン方程式に立脚する現代的な宇宙論分野が成立しました。

  宇宙膨張の速さは宇宙開闢以来その年齢と共に減速しているだろうと、当初は考えられていました。天体間に働く重力は互いに引き合う「引力」だけだからです。しかしながら1990年台後半に、数 10 億光年くらい前のある時期から膨張が加速に転じていることが遠方の超新星の観測から発見され、大問題になりました。単純に物質と重力だけを考えているだけでは観測された加速膨張宇宙が説明できず、斥力 (相互を遠ざけるように働く力) を生じるような「何か」を導入しなければならなくなったからです。

  この斥力に対応する「宇宙定数」をアインシュタイン方程式に導入することで、観測を再現する宇宙膨張の方程式を得ることができます。宇宙定数を加味したもっとも単純な宇宙モデル (LCDM) からは、宇宙は未来永劫膨張をし続けるなど重要な結論が得られています。ただし、「宇宙定数」の物理的意味がまだ理解できていないのです。何が加速膨張を引き起こしているのかを明らかにするのが、現代観測宇宙論の主要テーマの一つです。


図2

図2: 宇宙膨張の歴史。観測的宇宙論の初期には青で示された膨張史が正しいと思われていました。しかし、この青の宇宙モデルだと、宇宙年齢が観測より短すぎる、天体の数が観測より多すぎるなどの問題点が指摘され、赤のほうが確からしいと考えられるようになりました。青、赤ともに膨張の速さは次第に減速しています。さらにその後、遠方の超新星の観測から緑の (加速する) 膨張史を示す宇宙モデルが観測に最も合うことが示されました。(クレジット:国立天文台)


Hyper Suprime-Cam を使った深宇宙撮像探査観測

  加速膨張宇宙の謎を解き明かすことを主目的として、国立天文台、東京大学を始めとする研究チームは、すばる望遠鏡搭載の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム、HSC) を用いた大規模な深宇宙撮像探査観測を進めています。宇宙のごく初期では物質分布はほぼ均一でしたが、わずかな密度ムラがのちに重力相互作用で成長し、「宇宙の大規模構造」と呼ばれる網の目状の物質分布に進化してきたことが知られています。大規模構造が進化する速度は宇宙膨張の歴史と強い関係にあり、例えば宇宙膨張が速ければ物質はなかなか集まれず、大規模構造の進化は遅くなります。この大規模構造進化の観測から逆に宇宙膨張史に迫れることに研究チームは注目し、観測を進めているのです。

  ただし銀河のように光っている天体だけをいくら観測しても、大規模構造の進化を精密に測定することはできません。宇宙における物質のほとんどは、光を発しないダークマターが占めているからです。そこで研究チームは、ダークマターが引き起こす「重力レンズ効果」を利用して、ダークマターの分布、つまり「地図」を作る努力を続けてきました。

  遠方の銀河から発せられた光は観測者に届くまでの間、ダークマターの密度の濃い領域・薄い領域を通り抜けてきます。この途中にあるダークマターの質量が引き起こす重力レンズ効果で、銀河の見かけの形状は少しずつ変形して観測されます (図3)。逆に言えば、背景の銀河の形状から宇宙空間にあるダークマターの分布を調べ、ひいては大規模構造の進化に迫ることができるのです。

  しかしこのためには非常に暗い銀河の形状を精度よく計測する必要があります。さらにダークマターの塊を探すためには、広い天域を探査する必要があります。そこで研究チームは、広い視野を有しつつ天体をシャープに写し出すことができる HSC を開発し、2014年から観測を続けているのです。2018年2月現在で計画のおよそ 60% まで観測が完了しています。


図3

図3: すばる望遠鏡 HSC が撮影した、ダークマターの塊の位置における銀河分布の例 (おとめ座の方向)。ダークマターの強い重力に引き寄せられて、多数の銀河が集まっていることが分かります。青い円弧状に引き延ばされた銀河が多数見られますが、これは背景の銀河が重力レンズ効果により引き延ばされたものと考えられます。(クレジット:国立天文台)


かつてない広さと解像度のダークマター地図

  今回研究チームは、2016年4月までに HSC で観測されたデータ (計画全体の約 11%、注1) を解析し、かつてない広さと解像度を持つ新たなダークマター地図を作成することに成功しました。160 平方度に渡る広範囲かつシャープな画像には 2000 万個以上の銀河が写っており、重力レンズ解析からダークマターの2次元分布を推定したのです (図1)。平均 0.56 秒角 (視力 100 以上に相当) もの高い解像度で銀河を撮影し、それを用いてダークマター分布の様子を描き出した例は、これまでにありませんでした。2015年7月に公表された HSC による最初のダークマター地図の約 70 倍の広さです。

  観測された全天域は5色のフィルターで撮影されています。これらの多色画像を比較すると各銀河の色情報が得られ、銀河までの距離を推定することができます。一方で重力レンズ効果による天体像の歪みは、レンズの役割を果たすダークマターが光源である銀河までの距離のちょうど中間にあるときに最大になります。研究チームはこれを利用して銀河の距離ごとに解析を行うことで、まるで断層写真を撮影するようにダークマターの3次元分布を得ることにも成功しました (図4)。


図4

図4: 背景銀河の奥行き情報 (赤方偏移) と組み合わせ、弱重力レンズ効果を利用して推定したダークマターの3次元分布図。(クレジット:東京大学/国立天文台)


  図4は、約 10 億光年 × 2.5 億光年の範囲、80 億光年ほどの奥行きについてダークマターの分布を示した例です。これほど広い天域でダークマターの3次元分布が得られた例はありません。この3次元地図を作成するためには、背景にある遠方の銀河の観測が必要でしたが、すばる望遠鏡の大集光力がそれを可能にしたのです。

現在の結果が示唆することと将来への期待

  研究チームは、作成した地図からダークマターの塊の個数やそれぞれの質量を計測しました (図5)。まさにこれが宇宙の大規模構造の進化速度の指標です。観測されたダークマターの塊の個数 (縦軸) とその重力レンズ信号の強度 (横軸) の関係が、図4のヒストグラムに示されています。これを、最新のプランク衛星による宇宙マイクロ波放射の観測結果と標準的な LCDM を組み合わせた理論予想値 (赤線) と比較したところ、今回の HSC による観測結果が理論予想値を一定の有意度で下回っていることが分かったのです。


図5

図5: HSC のデータに基づいて作成したダークマター地図から計測したダークマターの塊の個数とそれぞれの質量の関係 (ヒストグラム) と、最新のプランク衛星による宇宙マイクロ波放射の観測結果と標準的な LCDM を組み合わせた理論予想値 (赤線) との比較。(クレジット:国立天文台/東京大学)


  この食い違いは何を意味するのでしょうか?宇宙マイクロ波放射ではほぼ宇宙が誕生した直後を観測しています。この時の温度揺らぎの大きさが物質の密度ゆらぎの種になり、これが膨張宇宙の中で成長してダークマターの塊が形成されていきます。宇宙マイクロ波放射の温度揺らぎの大きさと宇宙モデルを決めるとダークマターの塊の個数を予測できますが、これが観測と違うということは仮定している宇宙モデルである LCDM に「ほころび」があるということを示唆します (注2)。

  今回の結果は観測計画全体の 11% (注1) のデータに基づくものなので、まだピークのサンプル数が少なく誤差がやや大きいことに注意しなければなりません。銀河形状の2点相関関数を用いた、より詳しい解析を現在行っています。またプランク衛星の観測結果も今後更新される可能性があります。これまでに LCDM が高い精度で棄却されたことはありませんが、この問題は大きな関心を集めていますので、データの食い違いをより高い優位度で検証するためにさらなる観測の進捗が必要です。


動画: HSC の銀河の形状から弱重力レンズ効果を利用して再構成した、ダークマターの2次元分布図。(クレジット:国立天文台)




  この研究成果は、日本天文学会欧文研究報告 (Publications of the Astronomical Society of Japan) の「HSC特集号」に2018年1月1日付で掲載されました (Miyazaki et al. 2018, "A large sample of shear-selected clusters from the Hyper Suprime-Cam Subaru Strategic Program S16A Wide field mass maps", PASJ, 70, S27; Oguri et al. 2018 "Two- and three-dimensional wide-field weak lensing mass maps from the Hyper Suprime-Cam Subaru Strategic Program S16A data", PASJ, 70, S26)。またこれらの研究成果は、科学研究費補助金 JP15H05892, JP15H05887, JP15H05893, JP15K21733, JP26800093, JP15K17600, JP16H01089 および科学技術振興機構 (JST) CREST JPMJCR1414 によるサポートを受けています。



(注1) 本稿公開時では「16%」と記載していましたが、さらなる確認を行ったところ、正しくは「11%」であることが判明したため、訂正しました。(2018年2月28日)

(注2) 真空には場の量子効果によるエネルギーがあり、これが宇宙定数の候補です。しかし、宇宙膨張の度合の観測から推定されている宇宙定数のエネルギー密度は、この真空エネルギーに比べて 100 桁以上も希薄であり、その差の説明が難しいとされています。斥力を発するのは、何かまだ知られていない物理機構が背景にあるとする方が自然だと考えられるようになり、これはダークエネルギーと呼ばれるようになりました。単純な LCDM ではなく、宇宙初期にはエネルギー密度が現在より高いようなダークエネルギーモデルを考えると、ダークマターの集まり方が遅くなり、観測された塊の少なさを説明できるようになります。



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