観測成果

銀河の世界

すばる望遠鏡 Hyper Suprime-Cam が描き出した最初のダークマター地図

2015年7月1日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2020年3月17日

国立天文台、東京大学カブリ IPMU などの研究者からなる研究チームは、すばる望遠鏡に新しく搭載された超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム, HSC) を用いて、「ダークマター」の分布の広域探査を進めています。今回研究チームは、HSC での観測初期に取得されたデータを用いた解析から、2.3 平方度にわたる天域におけるダークマターの分布を明らかにし、銀河団規模のダークマターの集中がこの天域に9つ存在することを突き止めました (動画、図1)。ダークマター分布の広域探査は、宇宙膨張を支配する「ダークエネルギー」の強さや性質を調べる上でカギとなります。今回の初期成果により、ダークエネルギーの謎に迫るために必要な観測装置と解析手法が確立したことが示されました。研究チームは最終的に観測天域を 1000 平方度以上に広げ、ダークマターの分布とその時間変化から宇宙膨張の歴史を精密に計測する、という課題に取り組みます。

動画: すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam が写し出した無数の銀河と、重力レンズ解析で得られたダークマターの分布図。動画ファイルはこちらからダウンロード可能です (ファイルサイズ約 160 MB)。(クレジット:国立天文台/HSC Project)

すばる望遠鏡 Hyper Suprime-Cam が描き出した最初のダークマター地図 図2

図1: Hyper Suprime-Cam で観測された天体画像の一部 (大きさ 14 分角 × 8.5 分角) と、解析で得られたダークマター分布図 (等高線)。画像をクリックすると高解像度の画像が表示されます。背景の銀河のみを表示した画像はこちら。 また、観測領域の画像を自由に拡大縮小できるビューアーのカラー版白黒版も公開されています。(クレジット:国立天文台/HSC Project)

1929年にエドウィン・ハッブルが宇宙膨張を発見して以降、宇宙膨張の速度は次第に減速するだろうと考えられていました。宇宙に存在する天体同士で引力が働くことで、膨張の効果が弱まると思われていたからです。ところが1990年代後半、現在の宇宙膨張が実は加速しているということが、遠方超新星の観測から明らかになってきたのです。加速を実現するには、斥力 (互いを遠ざけようとする力) を持つような「ダークエネルギー (暗黒エネルギー)」が存在するか、重力法則を変更するかしなければなりません。いずれにせよ、従来の物理理論の枠組みでは説明できない大発見です (注1)。

宇宙膨張加速の謎を解き明かすには、宇宙膨張と天体形成の進行度との間にある関係に注目することが有用です。例えば宇宙膨張が速ければ、物質が集まる時間がなく天体の形成は遅れ、逆に宇宙膨張が遅ければ天体形成は速いはずです。つまり、天体形成の進行度合いを宇宙膨張の歴史に焼き直すことができるのです。ただし、宇宙では天体のほとんどが光を発しない「ダークマター (暗黒物質)」で構成されているため、従来の観測方法では全貌を捉えることができないという困難がありました。

その困難を克服する有望な方法の一つが、「重力レンズ効果」を用いた観測です (注2)。ダークマターの集まりがあると、それより遠方にある銀河の像は、重力レンズ効果で変形します。逆にこの変形量を調べることで、ダークマターの分布を調べることができるのです。広い天域で多数の銀河を観測し、像の歪みから手前にある天体の形成の進行度を調べることで宇宙膨張史に迫り、そして最終的にはダークエネルギーの強さ、そしてどのように時間変化するかなどの性質を推定するのです。

このためには、数10億光年より遠方の暗い銀河を 1000 平方度以上の広い天域に渡って捜索し、その形状を精密に計測する必要があります。すばる望遠鏡では主焦点カメラ (Suprime-Cam) が広視野カメラとして活躍してきましたが、それを持ってしてもこれほどの広域観測は現実的ではありませんでした。「そこで高い結像性能は維持したまま視野を7倍以上に拡げる Hyper Suprime-Cam (HSC) を 10 年かけて新たに開発したのです」と、HSC 開発責任者の宮崎聡さん (国立天文台先端技術センター) は語ります。

すばる望遠鏡 Hyper Suprime-Cam が描き出した最初のダークマター地図 図3

図2: すばる望遠鏡主焦点に搭載された Hyper Suprime-Cam。(クレジット:国立天文台/HSC Project)

HSC は2012年にすばる望遠鏡に新たに搭載され、性能試験観測を経て2014年3月から共同利用観測を開始しています (図2)。また5年間で 300 夜を投じる巨大な「戦略枠プログラム」も始まっています。計8億 7000 万画素を持つ HSC は満月9個分の広さの天域を一度に撮影できる世界最高性能の超広視野カメラですが、視野全体でわたって概ね 0.5 秒角 (7000 分の1度角) ほどの空間分解能を達成していること、そして得られる星像の歪みも極めて小さいことが、性能試験観測データから確認されています。

今回、国立天文台、東京大学などの研究者からなる研究チームは、HSC の性能試験観測で取得された 2.3 平方度のデータを用いて、重力レンズ解析を行いました。わずか約2時間の露出時間にもかかわらず、画像には無数の銀河が写し出されました。研究チームはこれら微光銀河の形状を精密に測定し、ダークマターの分布を調べたのです。その結果、銀河団規模のダークマターの「かたまり」が9つ、この観測領域で検出されました。また別の望遠鏡で得られた多波長画像から、HSC で特定された「かたまり」に対応する銀河団も見つかりました。つまり、HSC の観測データによる重力レンズ解析と、結果として得られる「ダークマター地図」の信頼性が確認されたのです。

また、今回の重力レンズ解析で検出された銀河団の数が、宇宙モデルの予測よりはるかに多いことも分かりました (図3)。観測天域がたまたまダークマターが密集した場所だったのか、あるいは過去においてダークエネルギーが期待されていたほど存在せず、緩やかな宇宙膨張のなかで天体形成が早く進行した結果なのかは、現時点でははっきりしませんが、さらに詳しく調べるためにより広い天域での観測結果が期待されています。

すばる望遠鏡 Hyper Suprime-Cam が描き出した最初のダークマター地図 図4

図3: 観測されたダークマターの「かたまり」の密度を模式的に示した図 (右) と、現在推定されているダークエネルギーの量から推定した場合の理論予想 (左)。理論予想値よりも明らかに多いことが今回の観測から確認されました。(クレジット:国立天文台/HSC Project)

重力レンズ解析からダークマター分布図を作り、銀河団規模の天体を特定する手法は、天体の質量そのものを頼りに天体捜索をすることに相当します。そのため、得られる天体の質量の精度が高い (注3) という利点があります。こうして得られたダークマターの「質量地図」は、これは宇宙膨張史を精密に計測するという課題に取り組む上で決定的に重要なのです。

研究チームを率いる宮崎さんは「今回の初期成果により、ダークエネルギーの謎に迫るために必要な観測装置 HSC と解析手法が確立したことが示されました。最終的に観測天域を 1000 平方度以上に広げ、ダークマターの分布とその時間変化から宇宙膨張の歴史を精密に計測する、という課題に取り組みます」と意気込みを語っています。

この研究成果は HSC による最初の科学的成果で、アメリカ天文学会の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』の2015年7月1日号への掲載が決まっています (Miyazaki et al. 2015, ApJ 807, 22, "Properties of Weak Lensing Clusters Detected on Hyper Suprime-Cam 2.3 Square Degree Field")。論文のプレプリントはこちらから入手可能です。また本研究は、科学研究費補助金 (18072003 および 26800093)、世界トップレベル国際研究拠点形成促進プログラムのサポートを受けています。

(注1) 実際、この発見をした研究者には2011年にノーベル物理学賞が授与されています。

(注2) 正確には「弱重力レンズ (weak lensing)」と呼ばれています。

(注3) 従来の天体捜索は電波・可視光線・X線など電磁波を強さを頼りに行われてきましたが、天体が発生する電磁波の強さと質量とは必ずしも簡単な関係にはないため、得られる天体の質量には大きな不定性があります。

<研究チームの構成>
宮崎聡 (国立天文台)、大栗真宗 (東京大学カブリ IPMU・大学院理学系研究科)、浜名崇 (国立天文台)、田中賢幸 (国立天文台)、Lance Miller (英国・オックスフォード大学)、内海洋輔 (広島大学)、小宮山裕 (国立天文台)、古澤久德 (国立天文台)、桜井準也 (国立天文台)、川野元聡 (国立天文台)、仲田史明 (国立天文台)、浦口史寛 (国立天文台)、小池美知太郎 (国立天文台)、友野大悟 (国立天文台)、Robert Lupton (米国・プリンストン大学)、James Gunn (米国・プリンストン大学)、唐牛宏 (自然科学研究機構)、相原博昭 (東京大学大学院理学系研究科)、村山斉 (東京大学カブリ IPMU)、高田昌広 (東京大学カブリ IPMU)

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