観測成果

太陽系内

すばる望遠鏡、アイソン彗星のアンモニアから太陽系誕生の「記憶」をたどる

2014年2月19日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2020年3月17日

【概要】

京都産業大学の新中善晴 (しんなか よしはる) さん (同大学院・博士後期課程3年次) と河北秀世 (かわきた ひでよ) さん (同大学神山天文台・台長 / 同大学・理学部教授) を中心とする研究チームは、2013年11月にすばる望遠鏡の高分散分光装置 (HDS) を用いてアイソン彗星を観測し、単独の彗星としては世界で初めて 15NH2 (アミノ・ラジカルの窒素同位体) の検出に成功しました (図1)。15NH2 は彗星に含まれる窒素の主な担い手であるアンモニア分子の由来を知る上で手がかりとなる物質です。今回の観測により、単独の彗星においてもアンモニア分子の窒素同位体比 (14N/15N 比) は、太陽や地球大気の値に比べて「15N がより多く濃集している」ことが明らかになりました。また、分子雲環境との比較から、今回の観測結果は、彗星に含まれているアンモニア分子が、低温度の星間塵表面で形成されたことを示唆しています。さらに本研究結果は、彗星に取り込まれたアンモニア分子の形成温度 (約 10K) は従来考えられていた温度 (約 30K) より低いことを示唆しており、太陽系形成期の温度環境について再検討を迫る成果です。

すばる望遠鏡、アイソン彗星のアンモニアから太陽系誕生の「記憶」をたどる 図

図1:アイソン彗星の NH2 輝線 (NH2 が特定の波長で放つ光特定の波長で放つ光) を拡大したスペクトル (波長ごとの放射の強度)。赤色の実線は観測スペクトル、緑色の破線は誤差を示します。右図の青色の実線は今回単独彗星として世界初の報告例である 15NH2 輝線を、左図は 14NH2 輝線を示します (それぞれ黒色の矢印で示されています)。背景画像は、ハワイ時間11月5日明け方にすばる望遠鏡に搭載された別の観測装置 (HSC) で取得されたアイソン彗星の写真 (すばる望遠鏡2013年11月17日プレスリリース)。今回の観測では、四角で囲まれた彗星核付近の分光観測が行われました。スペクトルのみの画像はこちら。(クレジット:国立天文台)

【本文】

彗星は太陽系外縁部にある氷や塵などでできた小天体であり、太陽系誕生の現場であった「原始太陽系円盤」の中で形成された微惑星の残存物であると考えられています。つまり彗星は 46 億年前の太陽系誕生時の母体である分子雲の情報を「記憶」しているのです。そして多くの研究者が彗星の観測を通じて、誕生時の太陽系の環境を調べようと研究を行っています。2013年末頃には肉眼で見えるほど明るくなると期待されたアイソン彗星 (C/2012 S1) も重要な研究対象の一つでした (注1)。

彗星の様々な分子に含まれる同位体の存在比 (注2) は、太陽系の元になった物質の化学的な進化を理解するための重要な手がかりです。たとえば、彗星の重水素と水素の比から太陽系形成の初期の温度は 30K (−240℃) 程度だったと推定されています。一方、彗星の窒素同位体比 14N/15N (〜150) は、地球 (〜272) や太陽 (〜441) で得られた値に比べて明らかに小さく、15N が濃集していることが知られていました。しかし、彗星の窒素同位体比における 15N の濃集の原因は不明なままでした。彗星の窒素同位体比は彗星核から昇華した CN (シアン・ラジカル) や HCN (シアン化水素) のガスの観測から求められています。どのような環境だったがために、このような小さな窒素同位体比になったのでしょうか?彗星における窒素原子の担い手は NH3 (アンモニア) です。アンモニアは生命の基本であるアミノ酸に必須なアミノ基を有するという点でも重要な分子です。そのため、彗星におけるアンモニアの窒素同位体比を明らかにすることは、極めて重要と考えられています。

これまで、アンモニアの窒素同位体比の直接的な観測は困難とされていました。アンモニアは特定の波長の赤外線や電波を出したり吸収したりしますが、その強度は非常に弱く、特にアンモニアの窒素同位体である 15NH3 の直接測定は現在の観測装置では極めて難しいからです。

そこで研究チームは NH2 (アミノ・ラジカル) という物質に着目しました。彗星のコマでは、太陽紫外線によりアンモニアのほとんどが壊されて NH2 になるため、NH2 の窒素同位体比からアンモニアの窒素同位体比を推定することができます。また、NH2 は可視光域で比較的容易に観測できるため、窒素同位体 15NH2 の検出にも望みがありました。2013年末には、ヨーロッパの研究チームが、口径8メートルの超大型望遠鏡 VLT で観測した 12 個の彗星の観測データを足し合わせることで、15NH2 の検出に成功しています。

今回、京都産業大学などの研究チームは、アイソン彗星において単独の彗星からの 15NH2 の検出を目指し、ハワイ時間2013年11月15日早朝 (日本時間11月16日0時過ぎ) に、すばる望遠鏡に搭載された高分散分光器 (HDS) で観測を行いました (すばる望遠鏡2013年11月21日プレスリリース)。今回の観測はすばる望遠鏡の集光力を最大限に発揮したものであり、アイソン彗星の急増光直後という非常に貴重なタイミングのデータの取得に成功しました。

今回のアイソン彗星の観測により、研究チームは単独彗星としては世界で初めて 15NH2 の検出に成功しました (図1)。また、同時に観測された 14NH2 の輝線と合わせて、窒素同位体比 (14NH2/15NH2) 〜139±38 を得ることができました。この値は、ヨーロッパの研究チームが 12 個の彗星の平均値として得た値 (130) とおよそ合致しています。

NH2 の窒素同位体比という観点からは、アイソン彗星は平均的な彗星と言えます。また、NH2 は彗星核中のアンモニアを起源としていますので、この値は彗星アンモニアの窒素同位体比と考えられます。この値は過去に観測された彗星の CN や HCN における窒素同位体比 (〜150) と同程度となっています (図2)。このことは、彗星に取り込まれた窒素元素を含む分子が似た環境下で形成されたことを示唆しています。しかも、その環境の温度は、約 10K (−260℃) と極めて低かった可能性があります。過去の研究では、「彗星の氷に含まれている分子は約 30K (−240℃) で作られた」と考えられていますから、本研究成果によって従来の観測結果の解釈を見直す必要があります。

現在の太陽系は、分子雲で形成された物質が元となって作られたと考えられています。そのため、太陽系形成時の情報を保持している彗星に含まれた物質の起源を語る際には、惑星系誕生のもともとの母体である分子雲との比較が欠かせません。本研究で得られた成果をふまえ、分子雲環境と彗星とで窒素同位体比を比較すると、HCN では似た窒素同位体比を示すのに対し、アンモニア分子は異なる値を示すことが明らかになりました (図2)。

この結果は、彗星に含まれるアンモニア分子の形成環境が、これまで考えられていたような分子雲のガス中ではなく、分子雲に含まれる低温の塵 (固体微粒子) の表面である可能性を示しています。低温塵の表面では様々な複雑な分子が作られることが実験室で分かっています。アンモニア分子が低温塵の表面で形成されたのであれば、アンモニア以外にも生命の起源と関連した複雑な分子が彗星には含まれていて、彗星が地球にこうした物質を大量に持ち込んだ可能性もあるのです。

すばる望遠鏡、アイソン彗星のアンモニアから太陽系誕生の「記憶」をたどる 図2

図2:彗星と星間分子雲から得られている分子ごとの窒素同位体比。値が小さくなる (上にいく) ほど 15N の濃集を意味します。青い線は地球大気の窒素同位体比を、黄色の帯は太陽風から得られた原始太陽系星雲の値を示します。彗星に含まれる分子から得られている窒素同位体比は、どれも似た値を示すことが確認されました。一方、分子雲から得られている窒素同位体比は分子によって異なる値が得られています。この結果は、彗星に含まれるアンモニア分子の形成環境が、これまで考えられていたような分子雲のガス中ではなく、分子雲に含まれる低温塵の表面である可能性を示しています。(クレジット:国立天文台)

アイソン彗星は太陽に近づく途中で核の崩壊が起こり、明るくなる前に大部分が蒸発してしまったと考えられる、数奇な運命をたどった彗星です。しかし、我々が太陽系形成期の環境や物質形成の状況を理解するための手がかりを残してくれました。

単独彗星としては世界で初めて 15NH2 の検出に成功した本研究により、彗星に含まれるアンモニア分子の形成プロセスの理解に展望が開けてきました。今後、観測天体を増やすとともに、実験室における 15NH2 の性質のより精密な測定なども進めることで、口径 30 メートル望遠鏡 (TMT) 時代に向けての研究基盤を整えることが重要です。研究チームは「アイソン彗星の起源やアウトバーストのメカニズムを通して、太陽系進化の更なる解明を目指したい」と意気込んでいます。研究チームは、アイソン彗星のこれ以外の観測成果についても、今後論文誌で報告予定です。

この研究成果は、2014年2月20日に発行される米国の天文学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ』に掲載される予定です (Shinnaka et al. 2014, ApJ, 782, L16)。

研究チーム:
新中善晴、河北秀世、小林仁美、長島雅佳 (京都産業大学)、Daniel C. Boice (Science Studies and Consulting)

(注1) アイソン彗星は、2012年9月21日にキスロヴォツク天文台 (Kislovodsk Observatory) にて Vitaly Nevsky と Artem Novichonok によって発見された彗星です。アイソン (ISON) という名前は発見者が所属している国際科学光学ネットワーク (International Scientific Optical Network) に由来します。近日点距離 (太陽中心と最接近した時刻の距離) が約 190 万キロメートル (0.001247 天文単位、2.7 太陽半径) と非常に近いため、2013年末頃には肉眼で見えるほど明るくなると期待されていました。しかし、太陽に近づく途中で核の崩壊が起こり、明るくなる前に大部分が蒸発してしまったと考えられています。

(注2) 同位体とは、同じ原子番号を持つ原子において、質量数 (中性子数) が異なる核種のことです。同一元素の同位体は、化学的性質は同等ですが、質量数が異なるため化学反応の速度や放射輝線の波長などに微小な差が現れます。この微少な差を利用して、元素の同位体比から形成起源や化学進化過程を調べることができます。

【発表雑誌】

  • 雑誌名:Astrophysical Journal Letters (2014年2月20日発行)
  • 論文タイトル:14NH2/15NH2 ratio in Comet C/2012 S1 (ISON) observed during Its Outburst in 2013 November
  • 著者:Yoshiharu Shinnaka, Hideyo Kawakita, Hitomi Kobayashi, Masayoshi Nagashima (Koyama Astronomical Observatory of Kyoto Sangyo University), Daniel C. Boice (Scientific Studies and Consulting)

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