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宇宙ライター林公代の視点 (25) : ブラックホールバスター 今西昌俊さん

2017年4月24日 (ハワイ現地時間)

進路を決めた通信添削

  国立天文台ハワイ観測所にいた今西昌俊さんは、取材に当たって事前に送った質問項目をプリントアウトし、回答をきっちり準備していて下さった。取材テーマは「超巨大ブラックホール」や「活動銀河中心核」という、かなり難解なものだったにも関わらず、今西さんは、どんな初歩的な質問にも丁寧に、根気強く、きわめて論理的に順を追って説明して下さる。時々私が勘違いして言葉を使うと、その都度にっこりしながら、定義を正して下さる。決して、「まぁいいか」という妥協はない (図1)。


図1

図1: 今西 昌俊さん 近影


  今西さんの解説は、なんて論理的なのだろうと思っていたら、高校時代に進路を決めた理由を聞いて腑に落ちた。それは高校一年の頃。「通信添削の物理がものすごく面白かったんです。まず問題がいいし、問題を考えて答えにたどり着くまでの論理のステップが非常に面白い。物理学という学問に興味を持ちました。」通信添削で送られてくるテキストの論理的な説明に惹かれ、迷っていた大学の進路を「物理学」に決めたのだという。

  生まれ育った神戸から、京都大学へ進学。ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎氏の書籍「量子力学」も読み物理学を学ぶ。だが実験室に籠る素粒子物理学より、天文台で観測し宇宙を感じられる経験がしたいと、大学院では赤外線天文学を専攻。系外惑星研究の第一人者、田村元秀さんの9年後輩だ。実は赤外線の天文学者は京大出身者が多い。「まわりに関西弁の研究者が多く関西弁が抜けません。英語も関西弁と言われます」と笑う。


大型望遠鏡がない時代、ユニークな観測手法で勝負

  今西さんが京都大学で学んでいた頃は、すばる望遠鏡ができる直前の時期であり、日本には世界的に競争力のある可視光・赤外線観測用の望遠鏡がなかった。「でも小さな望遠鏡でもユニークな観測装置を作ってユニークな手法を使えば、どこにもないオリジナルな研究結果が出せる」と考えた。

  当時、赤外線天文学の分野で、2.5 マイクロメートルより短い波長の赤外線は、既に研究が進んでいた。しかし3~4マイクロメートルの熱的赤外線と呼ばれる波長域はほとんど研究されていなかった。そこで「熱的赤外線の観測装置を作って観測すれば、誰もやっていないユニークな研究ができ、新しい世界が拓けると思ったのです」(今西さん)。

  舞原助教授 (当時) が中心となり、京大チームは熱的赤外線の分光装置を開発し、アメリカのアリゾナ州やワイオミング州の望遠鏡に搭載する。そして塵に隠された活動的な超巨大ブラックホール (活動銀河中心核) を観測することに成功。今西さんは博士号を取得した。熱的赤外線を使った活動銀河中心核観測のパイオニアとして、道を切り拓いた。次世代研究者の養成も大切な任務と考える今西さんは、そのときのワクワク感を若い研究者にも持ってもらいたいと考えている (図2)。

  ユニークなのは観測装置だけではない。「ユニークな観測手法を考えるのが肝」だという。今西さんの場合は、観測した際に同じように明るく輝く「塵に覆われた活動銀河中心核」と「星生成」をどうやって区別するかが鍵だった。その手法のアイデアがひらめいたのは 2000 年頃、学位取得後に滞在したハワイ大学でのことだった (手法について詳しくは第 23 話24 話)。

  自分で考案した手法が正しいかを確認するために、マウナケアにある UKIRT 望遠鏡で観測した。データを解析して、合体銀河の奥に塵で隠されていた活動銀河中心核が確かにあると確認できたとき「やっぱりあった!」という喜びと「これを見るのは世界で自分が初めてだ」という感動で、観測天文学の醍醐味を味わった。その後すばる望遠鏡、赤外線天文衛星あかり、NASA スピッツァ―衛星、電波望遠鏡アルマと観測手段を広げてきたが、「観測手法を考案した『本家』は強い」とほぼ無敵の独断場。最前線を突っ走っている。


図2

図2: 次世代研究者の養成も大切な使命。すばる望遠鏡の観測管制室にて、学部生の観測体験企画参加者とともに。(クレジット:国立天文台)



すばる望遠鏡の科学成果を最大限に出すために

  2010年からは国立天文台ハワイ観測所の現地で研究を続けながら、科学運用部門のトップとして、すばる望遠鏡が最大限の成果をあげるために力を注いで来た。すばる望遠鏡はファーストライトから 15 年以上経ち、老朽化による小さなトラブルは避けられない。マウナケア山頂にある大型望遠鏡はみな同じ事情を抱えている。「たとえ望遠鏡や装置にトラブルが起きても、天文学者が高い倍率を勝ち抜いて、ようやく得た観測時間がキャンセルされないように、運用する必要があります。」メンテナンスはどの装置を重点的にやるべきか、人の配置はどうするか、メンバーと議論を重ねるという。ハワイに来てよかったことは?と尋ねると「望遠鏡の日々の運用には色々な仕事があり、それぞれの人が担当の仕事をきちんと行う。多くの人の協力の上に観測が成り立っていると認識できたことです」と力を込めた。

  ハワイ勤務前は、すばるプロジェクトの一員ではあったが三鷹キャンパス勤務のため、望遠鏡の現場のことがよくわからなかった。観測でしかハワイを訪れない天文学者の中には、天候や装置等のトラブルで観測時間を失うと、建設的でない文句を言う人がゼロではない。しかし多数の人が汗を流す現場を知れば、無責任なことは言うべきでないと実感する。

  すばる望遠鏡の観測現場の特徴の一つに、装置に詳しい天文学者「サポートアストロノマー」の存在がある。観測を行う天文学者と密に相談しながら夜通し観測をサポートし、観測の指令を送る。今西さんはサポートアストロノマーのヘッドでもあり、安定した運用の実現に目配りをする。他の望遠鏡ではここまで手厚い世話をしない。日本流の『おもてなし』とも言われる。なぜここまで?「例えばケック望遠鏡では最初の数時間だけサポートして、後は観測者に任せます。しかしその理由は経験の違いにあった。ケックを主に使うカリフォルニア工科大学等の天文学者は、米国のパロマー天文台の望遠鏡等で観測経験が豊富だった。一方、日本はすばる望遠鏡前は岡山 (天体物理観測所) の 188 センチ望遠鏡しかなかった。いきなり遠方銀河の観測といっても経験がなく、サポートが必要でした。」限られた予算で、観測経験の多少にかかわらず日本の研究者がいかに観測でリスクを減らし、成果をあげるかを常に考え最善の策をとる。

  科学運用トップの業務と、世界各地で観測を行う研究業務の割合は半々。多忙だが週2回は他国の望遠鏡仲間や地元の人とサッカーで汗を流す。「ハワイの人々は親切だし、通勤時間は車で7~8分で快適。子供は私よりうまく英語を話しますよ。」仕事も余暇も家庭も、最大限のアウトプットを出し続けてきた。今西さんはその後、東京都三鷹市にある国立天文台本部に戻り、研究を続けている。


(レポート:林公代)



林公代 (はやし きみよ)


  福井県生まれ。神戸大学文学部卒業。日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーライターに。25 年以上にわたり宇宙関係者へのインタビュー、世界のロケット打ち上げ、宇宙関連施設を取材・執筆。著書に「宇宙遺産 138 億年の超絶景」(河出書房新社)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡飛行士らと共著 毎日新聞社/第 59 回青少年読書感想文全国コンクール課題図書) 等多数。

ウェブサイト:http://gravity-zero.jimdo.com





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