観測成果

銀河の世界

衛星銀河の合体が超巨大ブラックホールに活を入れる

2017年10月30日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2020年3月17日

メシエ 77 は中心核からジェットや強烈な光を出している活動銀河として有名ですが、みかけは穏やかな渦巻銀河なので、なぜ中心核が活動的なのか謎とされていました。今回、国立天文台と放送大学の研究チームがすばる望遠鏡で撮影したところ、遠い過去に起きた「事件」の存在が浮かび上がってきました。この銀河は穏やかなうわべとは対照的に、実は数十億年前にそばにあった別の小さな銀河を飲み込んで、中心核にある超巨大ブラックホールに活を入れていたのです。メシエ 77 中心核活動の起源を解明する上で重要な成果です。

衛星銀河の合体が超巨大ブラックホールに活を入れる 図

図1: すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ (HSC) で撮影されたメシエ 77 の深撮像画像。銀河の色情報はスローン・デジタル・スカイ・サーベイの3色画像 (注1) から抽出し、HSC 画像に追加しています。(クレジット:国立天文台/SDSS/David Hogg/Michael Blanton、画像処理:田中壱)

セイファート銀河の謎
メシエ 77 (または NGC 1068、注2) は、その中心に莫大なエネルギーを放出する「活動銀河核」を持っている事で有名な銀河です。今から 70 年以上も前、アメリカの天文学者カール・セイファートによって初めて研究されたため、セイファート銀河と呼ばれています (注3)。エネルギーを生む「エンジン」の正体は、銀河の中心に潜む超巨大ブラックホールだと考えられています。メシエ 77 の場合、超巨大ブラックホールの質量は、実に太陽 1000 万個分に及ぶと考えられています。

 メシエ 77 の超巨大ブラックホールを活動銀河核とするためには、銀河中心にある超巨大ブラックホールに莫大な量のガスを供給し続けなければなりません。しかし、それは実は簡単ではありません。中心核の周囲を回るガスは、奥深くにあるブラックホールに落ちる前にその周囲で回転を速め、遠心力が働くために、簡単には落ちていかないのです。台所やお風呂などの排水口から水が勢いよく回転しながら排水されていく際に水がなかなか落ちていかない様子に似ています。ガスをブラックホールにどうやって落とすか?その答えを求めて、今も多くの研究者がアイデアを出し合っています。


18 年前の予想
 今回の研究チームのリーダーである、放送大学教授の谷口義明さんは、今から 20 年近くも前の1999年、一つの論文を発表しました。それは、メシエ 77 のようなセイファート銀河の形成に関する理論的考察です。谷口さんは、銀河核がガスを得て活動的になる上で、その銀河の近くにある、より小さな質量の「衛星銀河」の合体が鍵だと考えました (注4)。

 通常は大きな銀河に衛星銀河が飲み込まれても、小さな銀河はただ壊されるだけですが、もし衛星銀河の中心にも、小ぶりな超巨大ブラックホールがいたらどうなるのだろうか、と谷口さんは考えました (注5)。「ブラックホールは壊される事がないので、次第に大きな親銀河の中心まで落ちていき、親銀河中心の超巨大ブラックホール周囲に形成されているガス円盤を激しくかき乱すに違いありません。乱されたガスは一気に中心にある超巨大ブラックホールに落下し、活動銀河核になるでしょう。」

 このアイデアの利点は、活動銀河核を持つセイファート銀河自身が、見かけ上何の変哲もない普通の渦状銀河であることが多い、という事実を説明できることです。なぜなら、落ちた衛星銀河は元々暗く軽いので、その本体自身が親銀河に食べられたとしても、その影響は小さく、すぐに跡形も無くなってしまうからです。「だからセイファート銀河の多くは、見かけ上は銀河合体のような「事件」の傷跡を持たず、通常の大人しい見かけの銀河として観測されるのです。」谷口さんはそう考えました (注6)。


すばる望遠鏡による実証観測
 近年になり観測能力が向上するにつれて、銀河を取り巻く極めて淡いループ状の構造や、破壊された衛星銀河の残骸などが、しばしば報告される様になってきました。これらの構造は、大きな銀河に小さな銀河が食べられる際に形成されたと考えられるものです。銀河の外側は比較的静かでそのような淡い構造が壊されにくいため、過去の「事件」の影響がずっと後まで残りやすいのです。谷口さんの1999年のアイデアを試す一つの試金石として、メシエ 77 にも同様な過去の事件の影響を見つける事ができるのではないか、研究チームはそう考えました。

研究チームは、すばる望遠鏡の大口径と、超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム, HSC) という「世界最強」の撮像装置を持ってすれば、ひょっとしたら「過去の事件」の証拠が出てくるかもしれない、と考えました。チームの提案した観測は2016年のクリスマスの夜に実行され、無事にチームに届けられました。このデータの主解析者である、国立天文台ハワイ観測所の田中壱さんは語ります。「幸運にも、少し前にすばる望遠鏡で取得されていたデータがアーカイブで一般公開された時期とも重なり、我々の手元には前人未踏の深さのデータが集まりました。それらを解析し、初めて画面上に現れたメシエ 77 銀河の『真の姿』を見た時の驚きは忘れられません。」

 図2がその結果です。まず、図1で見られる、銀河の明るい円盤のさらに外側に、広がった淡い腕が見えてきました。さらにその反対側には、渦巻腕とは明らかに違う、さざ波状の構造が現れました。このような構造は、最近他のグループが理論的に予想した、衛星銀河の合体で引き起こされる親銀河円盤上の構造と驚くほど似ています。さらに、親銀河のすぐ外側に、差し渡し5万光年もありながら、これまでの観測ではほとんど見えていなかった極めて淡い、ぼんやりした雲状の構造が3つ発見されました。しかも驚くべきことに、そのうちの2つは銀河本体を取りまく、直径約 25 万光年にも及ぶ巨大なループ状の構造の一部であることが分かりました。このようなループも、衛星銀河の合体の際形成される特徴的な構造です。これらの状況証拠は、数十億年もの昔、メシエ 77 が自身の衛星銀河の一つを捕獲し食べてしまった事を雄弁に物語っています。

衛星銀河の合体が超巨大ブラックホールに活を入れる 図2

図2: (左) メシエ 77 周囲に新たに見つかった極めて淡い外部構造。3つの図の重ね合わせで、中心はこれまで見えていた明るい銀河円盤部のカラー写真 (SDSS 提供:図1の中心部参照)。その外側の赤茶色部は、コントラスト強調して現れてきた、銀河円盤の外側の一つ腕構造 ("Banana") 及びその反対側のさざ波構造 ("Ripple")。この部分は星や手前の銀河など、メシエ 77 自身とは無関係な天体は消されています。一番外側のモノクローム画像に黄色い丸で示したものが、すばる望遠鏡で検出された巨大な淡い外部構造 (UDO-SE, UDO-SW, UDO-NE) で、UDO-NE と UDO-SW は大きなループ構造の一部であると考えられます。(クレジット:国立天文台) (右) メシエ 77 周囲に新たに見つかった淡い構造を示した想像図。(クレジット・作画:池下章裕)

今回、すばる望遠鏡と HSC を使った観測で、今までは淡すぎて発見できていなかったメシエ 77 の周辺構造が見つかり、予想通りに一見静かな孤立銀河の過去に起きた「事件」の証拠を捉えることができました。谷口さんは「人は時々嘘をつくが、銀河は一切嘘をつかない。私たちは銀河の微かな声に耳を傾けなければならないと思いました」とメッセージを残しています。

研究チームは今後もすばる望遠鏡と HSC を使ってセイファート銀河の研究を続けます。探査観測を提案している国立天文台の八木雅文さんはこう締めくくります。「今までは見えていなかった衛星銀河の合体の微かな証拠が、これからもどんどん見つかって来るでしょう。活動銀河核現象を引き起こすメカニズムを統一的に理解するための、重要な結果を得られると期待しています。」

この研究成果は、日本天文学会『欧文研究報告』(Publications of the Astronomical Society of Japan) オンライン版で2017年10月26日付で公開され、2017年11月発行の 69 巻6号に掲載される予定です (I. Tanaka, M. Yagi & Y. Taniguchi, 2017, "Morphological evidence for a past minor merger in the Seyfert galaxy NGC 1068")。また、この研究成果は、科学研究費補助金・基盤研究 (A) JP16H02166 によるサポートを受けています。

(注1) カラー情報のために使用したスローン・デジタル・スカイ・サーベイ の NGC 1068 画像は、David W. Hogg 氏と Michael R. Blanton が著作権を保持しており、こちらのウェブサイトから取得できます。

(注2) メシエ 77 は NGC 1068 とも呼ばれ、くじら座の首付近に位置する明るい銀河です。距離はおよそ5千万光年で、比較的我々の銀河系に近くにあります。明るい円盤部の差し渡しがおよそ 11 万光年あり、我々の銀河系よりやや大きい銀河です。メシエ 77 銀河はその中心から、可視光だけでなく、X 線・赤外線・そして電波に至るまでのさまざまな電磁波で強力なエネルギーを放射している銀河として有名です。そのような強力なエネルギーを放射する銀河の核を「活動銀河核」と呼んでいますが、その正体は、質量が太陽の数百万から数億倍もある、超巨大ブラックホールだと考えられています。超巨大ブラックホールにガスが落ちて吸い込まれる際に開放される重力エネルギーが、活動銀河核のエネルギー源だと考えられています。

(注3) セイファート銀河より一桁以上明るい活動銀河核はクエーサーと呼ばれ、主として遠方宇宙で観測されています。

(注4) 大きな銀河の周囲には、大抵数個の小さな銀河があります。我々の銀河系には大小マゼラン星雲という衛星銀河があります。お隣のアンドロメダ銀河にはメシエ 32 と NGC 205 という、小望遠鏡でも見える立派な衛星銀河があります。

(注5) 銀河の大小を問わず、ほとんどの銀河の中心には、その銀河の質量に応じた大質量ブラックホールがあるのではないかという考えが有力です。実際、アンドロメダ銀河の衛星銀河の一つを始めとするいくつかの小さな銀河に、やや規模の小さめの大質量ブラックホールの証拠が見つかっています。しかし、衛星銀河のような小型のものでその存在を証明するのは、なかなか容易な事ではありません。

(注6) 米国の天体物理学誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に掲載されています (Y. Taniguchi, 1999, "The Minor-Merger-driven Nuclear Activity in Seyfert Galaxies: A Step toward the Simple Unified Formation Mechanism of Active Galactic Nuclei in the Local Universe", ApJ, 524, 65)。

研究チーム:
田中壱、八木雅文 (国立天文台)、谷口義明 (放送大学)

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