観測成果

銀河の世界

重力波天体が放つ光を初観測 ―日本の望遠鏡群が捉えた重元素の誕生の現場―

2017年10月16日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2020年3月17日

日本の重力波追跡観測チーム J-GEM (Japanese collaboration of Gravitational wave Electro-Magnetic follow-up) は、2017年8月17日にアメリカの重力波望遠鏡 Advanced LIGO とヨーロッパの重力波望遠鏡 Advanced Virgo によって観測された重力波源「GW170817」の光赤外線追跡観測を、すばる望遠鏡などで行いました。その結果、重力波源の光赤外線対応天体を捉え、その明るさの時間変化を追跡することに成功しました。これは重力波源が電磁波で観測された初めての例です。

重力波信号の特徴から、GW170817 は中性子星同士の合体であり、さらに今回検出された光赤外線放射は、理論的に予測されていた中性子星合体に伴う電磁波放射現象「キロノバ (kilonova)」によるものと考えられます。今回の観測結果は、鉄より重い元素を合成する過程の一つである「r プロセス」を伴うキロノバ放射の理論予測とよく一致しており、宇宙における r プロセス元素合成現場を捉えたことを強く示唆するものです。

この光赤外線追跡観測には、すばる望遠鏡 (国立天文台)、南アフリカに設置された IRSF 望遠鏡 (名古屋大学、鹿児島大学)、ニュージーランドに設置された MOA-II 望遠鏡 (名古屋大学、大阪大学) および B&C 望遠鏡 (カンタベリー大学) などが参加しました。また「キロノバ」の理論計算にはスーパーコンピュータ「アテルイ」(国立天文台) が用いられました。この研究成果は、重力波観測と光赤外線観測の協調による「マルチメッセンジャー天文学」、さらに理論シミュレーションによって実現したものです。

重力波天体が放つ光を初観測 ―日本の望遠鏡群が捉えた重元素の誕生の現場― 図

日本の重力波追跡観測チーム J-GEM が撮影した重力波源 GW170817。うみへび座の方向にある銀河 NGC 4993 で発見され、地球からの距離は約1億 3000 万光年。ハワイにあるすばる望遠鏡の HSC による可視光線観測 (z バンド:波長 0.9 マイクロメートル) と、南アフリカにある IRSF 望遠鏡の SIRIUS による近赤外観測 (H バンド:波長 1.6 マイクロメートル、Ks バンド:波長 2.2 マイクロメートル) を3色合成したもの (青:z バンド、緑:H バンド、赤:Ks バンド)。2017年8月24日-25日の観測では、天体が減光するとともに赤い色を示している (近赤外線で明るく光る) ことが分かります。文字や矢印を省いた画像はこちら。(クレジット:国立天文台/名古屋大学)

動画: すばる望遠鏡 HSC で観測された重力波源 GW170817 の様子。(クレジット:国立天文台)

重力波源からの光を初めて検出
2015年、Advanced LIGO が、人類初の重力波直接検出に成功しました。この観測は、重力波の存在を直接検証しただけでなく、宇宙には太陽の数十倍の質量のブラックホールが実在し、さらに合体することを明らかにした、人類の自然への理解を大きく進めるものでした。これらの功績により LIGO/Virgo Collaboration の3名レイナー・ワイス (Rainer Weiss)、バリー・バリッシュ (Barry C. Barish)、キップ・ソーン (Kip S. Thorne) が2017年ノーベル物理学賞を受賞したことは記憶に新しいところです。

そして2017年8月17日、Advanced LIGO と Advanced Virgo の観測により、これまでに検出したことのない波形の重力波を人類は受け止めました。それは重力波源のひとつとしてかねてから予想されていた中性子星 (注1) 同士の合体によって作り出される波形でした。ブラックホール合体の場合とは異なり、中性子星同士が合体するとさまざまな波長の電磁波が放射されることが予想されます。つまり、重力波検出の後に現れる天体を電磁波観測で見つけることができれば、どの天体が重力波を放ったかを突き止めることができるのです。

この中性子星合体からの重力波の検出の情報は即時に世界中の電磁波観測グループに伝えられ、各地で即時追跡が開始されました。その結果、重力波検出からおよそ 11 時間後に、複数の望遠鏡がこの重力波に対応すると思われる天体を独立に発見しました。人類は、初めて重力波源からの光を捉えることに成功したのです。


日本の望遠鏡群による追跡観測
中性子星合体からの重力波検出の情報は、日本の観測チーム日本の重力波追跡観測チーム J-GEM にも届きました。チームは重力波検出から約 17 時間後に、ハワイのすばる望遠鏡に取り付けられた超広視野主焦点カメラ「ハイパー・シュプリーム・カム」(Hyper Suprime-Cam、以下 HSC) での追跡観測を皮切りに、ニュージーランドの MOA-II 望遠鏡および B&C 望遠鏡、南アフリカの IRSF 望遠鏡、日本国内の望遠鏡群を駆使して光赤外追跡観測を実施しました。国際宇宙ステーションに搭載された日本の観測装置 MAXI と CALET でも、エックス線・ガンマ線天体の探索を行いました。

J-GEM による観測の結果、すでに報告のあった光赤外対応天体を可視光から近赤外線にかけての広い波長域で明瞭に捉え (図1、動画)、明るさの時間変化を追跡することに成功しました (図2)。すばる望遠鏡 HSC で z バンド (波長約 900 ナノメートル) の急速な減光の様子を捉えるとともに、IRSF およびすばる望遠鏡の近赤外カメラ MOIRCS で、近赤外線の減光の様子を 15 日間にわたって連続的に追跡することに成功したのです。

「世界各地の望遠鏡で日々変化している様子が明らかになった、エキサイティングな観測でした」――広島大学の内海洋輔 (うつみ ようすけ) 特任助教はこのように語っています。

重力波天体が放つ光を初観測 ―日本の望遠鏡群が捉えた重元素の誕生の現場― 図3

図2: J-GEM の観測によって得られた可視光線と赤外線の GW170817 の光度曲線。 可視光線域で時間とともに急激に暗くなり、赤外線域で比較的長く輝くという傾向がみられます。(クレジット:国立天文台)

中性子星合体:重元素の誕生を見た
では、中性子星の合体の現場では何が起こっているのでしょうか。2つの中性子星同士が合体すると強い重力波が放射されるとともに、中性子星の一部が高速で宇宙空間に放り出されると考えられています。この放出物には中性子が豊富に含まれるため、速い中性子捕獲反応 「r プロセス」(注2) が起こり、鉄よりも重い金やプラチナ、レアアース (注3) などの元素が合成されることが予想されていました。

r プロセスで作られた元素は放射性崩壊を起こすため、そのエネルギーが電磁波となって放射されます。この放射は「キロノバ」と呼ばれる現象として知られており、中性子星合体が有力な候補天体でした。国立天文台の田中雅臣 (たなか まさおみ) 助教らの研究チームは2013年から、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイ」を使ったシミュレーションで中性子星合体から放射される電磁波のパターンを予測してきました (動画)。今回観測された天体は可視光線域で時間とともに急激に暗くなった一方で、赤外線域で比較的長く輝くというものでした。この色の変化は予想されていたキロノバの性質とよく一致していました (図3)。「GW170817 の追跡観測を実施しながら、予想していたキロノバの性質が実際に見えてきたときは非常に興奮しました」――キロノバのシミュレーションを行い J-GEM のメンバーとして観測に加わった田中助教は観測当時の印象をこのように述べています。

さらに今回の観測をより詳細に解釈するために、新たにシミュレーションを行ったところ、地球質量の 10,000 倍のレアアースのような r プロセス元素が生成されたことが分かりました。これまで、r プロセス起源の重元素は主に超新星爆発で作られると考えられてきました。しかし、超新星爆発の理解が進むにつれ、少なくとも通常の超新星爆発では r プロセスが起こりにくいことが分かり、重元素がどこで作られているのかは天文学の大きな問題となっていました。今回、中性子星合体で r プロセスが起こっている証拠を観測的に捉えたことは、重元素の起源に迫る大きな一歩です。私たちは金の生成現場を見たのかもしれません。

重力波天体が放つ光を初観測 ―日本の望遠鏡群が捉えた重元素の誕生の現場― 図4

図3: 重力波源 GW170817 で実際に観測された明るさの変化 (●) と、シミュレーション (実線・破線) の比較。青が可視光線、赤が近赤外線を表しています。実線は r プロセスが起こる場合、破線は r プロセスが起こらない場合に予測される明るさの変化を表しています。r プロセスが起こる場合のシミュレーション結果と観測とがよく一致していることが分かります。(クレジット: 国立天文台)

今後の展望
J-GEM の代表である国立天文台ハワイ観測所長の吉田道利 (よしだ みちとし) 教授は、次のように今後の展望と期待を語っています。

「今後、重力波観測チームや世界の他の電磁波観測チームのデータも併せて詳細な研究を進めることによって、いまだに謎の多い中性子星の物理状態や r プロセスについて多くの知見が得られるでしょう。また、日本の大型低温重力波望遠鏡 KAGRA(かぐら) が重力波観測網に加わり、より精度の高い重力波観測が実現することが期待されます。今後さらに重力波観測と電磁波観測が協力したマルチメッセンジャー観測を進めることで、宇宙の重元素の起源に迫りたいと考えています。」

重力波天体が放つ光を初観測 ―日本の望遠鏡群が捉えた重元素の誕生の現場― 図5

図4: 中性子星合体とそれにより放出される物質によってキロノバが起こる様子の想像図。(クレジット: 国立天文台)

動画: スーパーコンピュータ「アテルイ」が計算したキロノバからの電磁波放射の様子 (実際にシミュレーションデータが用いられているのは、合体の後の部分)。動画は合体から約 15 日間の様子を表します。(クレジット:国立天文台)

この研究成果は、日本天文学会欧文研究報告 (Publications of the Astronomical Society of Japan) に2報の論文として2017年10月16日付で出版される予定です (Utsumi et al., "J-GEM observations of an electromagnetic counterpart to the neutron star merger GW170817" および Tanaka et al., "Kilonova from post-merger ejecta as an optical and near-infrared counterpart of GW170817")。またもう1報の論文が同誌に投稿中です (Tominaga et al., "Subaru Hyper Suprime-Cam survey for an optical counterpart of GW170817")。

この研究は、科学研究費助成事業 新学術領域研究「重力波天体の多様な観測による宇宙物理学の新展開」、および同「重力波物理学・天文学:創世記」の全面的な支援の下で行われました。また、以下の事業・機関からもサポートを受けています: 「大学間連携による光・赤外線天文学研究教育拠点のネットワーク構築事業」、トヨタ財団 (D11-R-0830)、三菱財団、山田科学財団、井上科学振興財団、大学共同利用機関法人自然科学研究機構 若手研究者による分野間連携研究プロジェクト、the National Research Foundation of South Africa、科学研究費補助金 (JP17H06363、 JP15H00788、 JP24103003、 JP10147214、 JP10147207、 JP16H02183、 JP15H02075、 JP15H02069、 JP26800103、 JP25800103)。

(注1) 太陽ほどの質量を持ちながら、半径が 10 キロメートル程度という高密度天体。その密度は1立方センチメートルあたり 10 億トンにもなります。

(注2) 鉄などの原子核に中性子が捕獲されて鉄よりも重い原子核が形成される反応を中性子捕獲反応と呼びます。中性子捕獲には反応の速さによって2種類あり、ゆっくり進む反応を「s プロセス」、素早く進む反応を「r プロセス」と呼んでいます。s プロセスは主に年老いた恒星の内部で進むとことが分かっており、バリウムや鉛などの元素を効率よく合成します。一方で、r プロセスは金やプラチナなどの元素を合成します。

(注3) 希少金属 (レアメタル) の一種で、ランタン、ネオジム、サマリウムなどの元素。希土類元素。

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