観測成果

レーザーガイド星補償光学での遠宇宙観測が本格始動
~ 10 倍になった視力で初めてみえた重力レンズ銀河 ~

2011年7月6日

  すばる望遠鏡に搭載されるレーザーガイド星補償光学装置 (図1) が完成し、国立天文台を中心とした研究開発チーム (注1) は本格的な科学観測を開始しました。レーザーガイド星補償光学装置は、2006年に作り上げた 188 素子補償光学装置とレーザーガイド星生成システム (注3) とをすばる望遠鏡に統合した観測システムです。この装置を使い、これまで補償光学装置で観測できなかった天体、特に遠方の銀河やクェーサーの大多数を、従来の 10 倍の解像力で観測することができるようになりました。

  

  地上からの天体観測では、大気のゆらぎのため、望遠鏡が本来もつ解像力を十二分には活かせていませんでした。大気のゆらぎが少ないハワイ島マウナケア山頂でも、実際の解像力は本来の解像力に対して 10 倍劣化してしまいます (注4)。補償光学は、劣化の原因である大気のゆらぎを補正し、望遠鏡本来の解像力を実現するための地上観測技術です。すばる望遠鏡では、建設当初のころから補償光学技術の研究開発を進め、望遠鏡の解像力を高める努力を続けてきました。2006年にすばる望遠鏡でファーストライトを行った 188 素子補償光学装置(すばる望遠鏡の第二世代補償光学装置)は、2008年 10月から共同利用装置として世界中の天文学者に利用されてきました。しかし、この 188 素子補償光学系を使うには、観測したい天体のすぐそばに明るいガイド星 (注5) があることが必要なため、望遠鏡本来の解像力が得られるのは観測可能な天域の約1%にすぎませんでした。

  そこで研究開発チームは、2006年に作り上げたレーザーガイド星生成システムと 188 素子補償光学装置とをすばる望遠鏡システムと統合したレーザーガイド星補償光学装置 (図2) の開発を進め、従来はガイド星として使える明るい星が見つからず補償光学装置が利用できなかった天域でも、人工の星 (レーザーガイド星) をつくることにより、188 素子補償光学系を使えるようにすることを目指してきました (文献1)。2010年秋から装置の性能確認を開始し、2011年5月の試験観測 (図3) で、予期した性能がほぼ達成できていることを確認しました。

  さっそく研究開発チームは、このレーザーガイド星補償光学装置を用いて遠宇宙観測に挑みました。まず選んだのは、りょうけん座にある SDSS J1334+3315 (注6) という天体です。これはスローン・ディジタル・スカイ・サーベイで発見された二重にみえるクェーサーで、地球から約 109 億光年の距離にあることが確認されています。二重にみえるクェーサーの色がまったく同じことから、109 億光年よりもずっと手前にある銀河の重力場によって、元々一つのクェーサーが重力レンズ効果を受けて二つにみえている現象と推定されていました。レーザーガイド星補償光学装置を使って観測したところ、二重にみえたクェーサーは約 0.8 秒角離れた二つの点像として明瞭に分解できました。さらに、重力レンズ効果を起こしていると考えられる銀河が二つの像の間にはっきりと浮かび上がってきました (図4)(文献2)。重力レンズモデルの計算から、この銀河は地球から約 54 億光年の位置にあると推定できました。今回観測で得られた重力レンズモデルによると、もしこのクェーサーの明るさが変化すると、二つの像の明るさの変化に約 10 日間の遅れが観測されることが予言できます。今後、この予言を検証することが楽しみです。この研究成果は学術論文として2011年7月発行の Astrophysical Journal 誌に掲載される予定です。

  さらに研究開発チームは、他の重力レンズクェーサーの観測も進めています。図5は重力レンズクェーサー B1422+231 (注7) の画像で、左側が補償光学装置を使わないとき、右側が使ったときのものです。レーザーガイド星補償光学を使用して観測すると、重力レンズ効果で複数にみえているクェーサー像がはっきりと分離します。この2枚の画像を比較しても、補償光学の効果が大きいことがわかります。

  図6 (右下) は、しし座にある最遠クェーサー ULAS J1120+0641 のすばるレーザーガイド星補償光学装置による試し撮り画像です。このクェーサーは、近赤外線宇宙探査観測計画 UKIDSS により、その色から遠方のクェーサー候補として選び出された天体です。2011年6月30日に欧州のグループが、この天体が距離 129 億光年にある最遠クェーサーであることを、スペクトル観測から確認したと発表しました(文献3)。このクェーサーの周辺に 129 億年前の時代の生まれたての銀河がある可能性があり、すばる望遠鏡グループとの共同研究が計画されています。このクェーサーの母銀河を検出して、巨大ブラックホールの形成過程を研究する構想もあります。それらの準備の一環として研究開発チームは、レーザーガイド星補償光学装置を用いた観測を行いました。10 分露出のこの画像 (図6) では、このクェーサー周辺の詳しい様子はまだ見えていませんが、補償光学装置の解像力で長時間観測を行うことで、今後、クェーサーの母銀河などが見えてくると期待されています。

  このように、遠方銀河、クェーサーをはじめ、超新星、球状星団などのさまざまな天体が、レーザーガイド星補償光学装置を利用することで、今までの 10 倍の解像度で次々と観測できると期待されています。2011年7月からこの装置を使った共同利用観測が始まり、世界中の天文学者が利用できるようになります。

 


<参考文献>
1) Hayano et al., SPIE 7736, 21 (2010), "Commissioning status of Subaru laser guide star adaptive optics system"
2) Rusu et al., in press Astrophys.J (2011)," SDSS J133401.39+331534.3: A New Subarcsecond Gravitationally Lensed Quasar"
3) Mortlock,D.J. et al., Nature, 474, 616 (2011)," A luminous quasar at a redshift of z=7.085"


figure1

図1: すばる望遠鏡からレーザービームが照射されている様子。レーザー光を利用して高さ 90 kmの大気中で光る人工的なガイド星を作ります (撮影: 国立天文台ハワイ観測所 Daniel Birchall)。

 

figure2

図2: レーザーガイド星補償光学系は、レーザー光をすばる望遠鏡から打ち、高さ 90 kmの大気中で発光する人工的なレーザーガイド星をつくる装置と、そのレーザーガイド星(または自然ガイド星)の光のゆらぎ方を波面センサーで毎秒約 2000 回測り、可変形鏡を操ってそのゆらぎを実時間で打ち消す補償光学装置からなります。このシステムを用いてゆらぎを消した光を観測装置に送ると解像度が 10 倍向上した観測が可能になります。

 

figure3

図3: すばる望遠鏡観測制御室での観測風景。

 

figure4

図4: 二重クェーサー天体 SDSS J1334+3315 の従来の画像 (上左) と、すばる望遠鏡・レーザーガイド星補償光学装置をもちいて今回新たに撮影された高解像度画像 (上右)。いずれも視野は 10 秒角。下は拡大したもの (視野は2秒角)。二重クェーサーがはっきりと分離され、さらにその間に重力レンズ効果を引き起こしている銀河が初めて直接検出されました。(図をクリックすると大きな図が表示されます。ラベル無しの大きな図はこちらです。)

 

figure5

図5: 重力レンズクェーサー B1422+231 の補償光学装置非使用時 (左) と使用時 (右) の画像。いずれも視野は 3.6 秒角。(図をクリックすると大きな図が表示されます。)

 

figure6

図6: すばる望遠鏡・レーザーガイド星補償光学装置をもちいて撮影された最遠クェーサー ULAS J1120+0641 の高解像度画像 (右下、波長 2.1 ミクロン、10 分露出)。上は UKIRT 望遠鏡・近赤外線宇宙探査観測計画 UKIDSS による最遠クェーサー天域の広視野探査画像 (視野 60 秒角、波長 2.2 ミクロン、40 秒露出)、左下はその拡大画像。(図をクリックすると大きな図が表示されます。ラベル無しの大きな図はこちらです。)

 

(注1) 家正則教授 (研究代表者)、早野裕助教 (レーザーガイド星補償光学系責任者)、高見英樹教授、寺田宏助教、美濃和陽典、服部雅之、大屋真、Olivier Guyon、Tae-Soo Pyo、白旗麻衣各研究員、 斉藤嘉彦(現東京工業大学助教)、渡辺誠 (現北海道大学助教)、伊藤周 (現カナダビクトリア大)、高見道弘 (現台湾中央研究院)、Stephen Colley 電気エンジニア, Michael Eldred 機械エンジニア, Mathew Dinkins, Taras Golota, Tom Kane各ソフトエンジニア、Vincent Garrel, Christophe Clergeon 研修生

(注2) この研究は、平成14-18年度の文部科学省科学研究費補助金特別推進研究「レーザーガイド星補償光学系による遠宇宙の近赤外高解像観測」、および平成19-23年度の文部科学省科学研究費補助金基盤研究(S)「レーザーガイド星補償光学系による銀河形成史の解明」の補助を受けています。

(注3) すばる望遠鏡 2006年11月20日 プレスリリース。レーザー生成システムは和田智之ユニットリーダー、斎藤徳人研究員 (理化学研究所) を中心としたグループとの共同開発によって完成しました。

(注4) 波長2マイクロメートルの赤外線では、すばる望遠鏡の本来の解像力は 0.06 秒角です。これは、富士山頂においたゴルフボールの数を東京から数えられる解像力に相当します。一方、大気のゆらぎで劣化すると、0.4 から 0.6 秒角程度と約 10 倍悪くなってしまいます。

(注5) 明るい星の光をモニターすることで大気がどう「ゆらいで」いるかを測定することができます。ゆらぎの測定に使う星を「ガイド星」と呼びます。観測したい天体のそばに十分に明るい星があるときは、その星を「自然ガイド星」として使いますが、そのような星が近くに無いときは人工的なレーザーガイド星を上層大気中につくって、「レーザーガイド星」として利用します。

(注6) SDSS J1334+3315 の観測チームには、Eduard Rusu (東京大学大学院生)、大栗真宗 (東京大学数物連携宇宙研究機構特任助教)、加用一者 (東邦大学研究員)、稲田直久 (奈良工業高専講師) が参加しています。

(注7) ULAS J1120+0641 の観測は Chris Simpson (リバプール・ジョンムーア大学) ほか、澁谷隆俊 (総合研究大学院大学) の協力を得ています。




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