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FOCAS と MOS の威力
2001年8月30日
8 月から約 2 ヶ月間、マウナケア山頂のすばる望遠鏡では、主鏡の表面を新たにメッキする「主鏡再蒸着」や望遠鏡システムのアップグレードが行われています。作業の進行状況は、すばるカレンダーをご覧ください。また詳しいレポートは、9 月の「今月のすばる」でご報告します。
今月は、すばる望遠鏡の観測装置 FOCAS に備わる MOS (マルチ・オブジェクト・スリット) について特集をします。FOCAS は、すばる望遠鏡のカセグレン焦点に取りつけ、天体から届く可視光について、天体の姿を撮影する撮像観測とスペクトルを得る分光観測を行う装置です (トピック 2000年3月9日付け)。これまでに メシエ82 を撮影したカラー画像 や 遠方に現れた超新星の分光観測 などの成果を発表しています。
分光観測では、望遠鏡が集めた天体の光を細い溝 (スリット) に通し、分光器へ導くことにより、電荷結合素子 CCD (charge-coupled device) 上に波長ごとに分解された光 (スペクトル) を描きだします。通常の装置はスリットが一つであるため、同時に分光観測が行える天体の数は限られています。FOCAS には、複数のスリットを空けたカーボンファイバー製の薄いシートを装着できる機能があり、このシートにより一度に数多くの天体を分光観測することが可能です。このようなスリットを Multi Object Slits (マルチ・オブジェクト・スリット) といい、略して MOS (モス) と呼びます。
カーボンファイバー製の薄いシート (大きさ15cm x 15cm、厚さ0.1mm)
MOS を用いた分光観測を行うには、事前に観測する天体の位置に合わせて、シートにスリットを空ける作業が必要になります。その工程は、次の通りです。
- 分光観測を行う約 1 ヶ月前に、FOCAS の撮像観測により、観測する天体の撮影を行い画像を得ます
- 観測者が、その画像より分光観測する天体を選び、位置のリストを作成します
- 2. のリストを元に、ハワイ観測所のスタッフがレーザー加工装置を用いて、シート上に天体の位置に合ったスリットを空けます
- 分光観測を行う前に、FOCAS 本体にスリットを開けたシートを取りつけます
レーザー加工装置 (中央が装置の本体、左右はコントロール装置)
レーザー加工装置を操作しているところ
スリットの空いたシートをレーザー加工装置から取り出す
このように MOS を用いた観測を行うためには撮像観測をしたり、レーザーを用いた加工作業を行うなど、事前の準備や観測が必要です。しかし実際に望遠鏡を用いて夜間に天体を観測する時間は、非常に限られています。昼間の作業に時間がかかったとしても、一度に数多くの天体を分光観測できることは、結果的にはとても効率のよいことなのです。
実際に MOS を用いた観測の例を見てみましょう。下の写真は、FOCAS の撮像観測による天体の画像です。中央の黒い線は、2 枚の CCD の境目に当たります。この画像に写っている天体の中から、分光観測を行う天体を選びます。
撮像観測による天体の画像
天体の位置にレーザー加工装置でスリットを空けたシートが次の写真です。一つ一つの細い線が、スリットです。上の画像に写る天体とシート上に空いたスリットの位置が一致していることがおわかりになるでしょう。
分光観測したい天体に合わせてスリットを開けたシート。丸い点は、シートの位置決めをするために使う明るい星用の穴。
スリットを空けたシートを FOCAS に取りつけ、分光観測した結果、得られたスペクトルが下の写真です。細い帯が、それぞれの天体のスペクトルに対応します。これらのスペクトルを調べることにより、天体を構成する原子や分子を特定したり、天体の温度や遠ざかる速度を見積もることができるのです。
MOS を用いた分光観測により得られた天体のスペクトル画像
FOCAS ように、一度に数多くの天体の分光観測を行うことができる装置は、世界中の大型望遠鏡においても、今後主流になると予想されています。MOS を用いた FOCAS の分光観測は、10月から再開する共同利用観測において行われる予定です。