観測成果

遠方宇宙

最遠方銀河で見る夜明け前の宇宙の姿

2012年6月3日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2020年3月17日

総合研究大学院大学の澁谷隆俊 (しぶや たかとし) さん、国立天文台の柏川伸成 (かしかわ のぶなり) 准教授、京都大学の太田一陽 (おおた かずあき) GCOE 特定研究員、国立天文台の家正則 (いえ まさのり) 教授を中心とする研究チームは、すばる望遠鏡およびケック望遠鏡を用いた観測により、地球から 129.1 億光年先にある銀河 SXDF-NB1006-2 を発見しました。SXDF-NB1006-2 は昨年すばる望遠鏡により発見された最遠方銀河 GN-108036 よりも僅かに遠い赤方偏移 7.215 にある銀河です (注1、表1)。この観測により、129.1 億年前 (ビッグバンから 7.5 億年後) の宇宙空間にある中性水素ガスの割合が、現在の宇宙に比べ多いことが確認されました。この研究結果は、人類が見ている深宇宙のフロンティアが宇宙の夜明け前の時代に突入しつつあることを物語っています。(動画参照:論文の筆頭著者である澁谷隆俊さん (総合研究大学院大学) のインタビュー。(2012年6月1日撮影))

137 億年前、宇宙は高温・高密度の火の玉状態「ビッグバン」によって始まりましたが、その直後の宇宙空間は電離した水素原子である陽子・電子で構成されるプラズマで満たされていました。ビッグバンから約 40 万年後には宇宙の膨張により冷え、陽子・電子が結びつき中性水素原子となります。ここから数億年間は中性水素ガスに埋もれた宇宙の暗黒時代が続きます。やがて、約 2~5 億年後、初代星・初代銀河が至るところで形成されると、そこから放たれる強い紫外線により宇宙空間の中性水素が再び陽子・電子のバラバラの状態に電離します。これが太古の宇宙における大イベント「宇宙再電離」です (図1)。この宇宙の「夜明け」は、ビッグバンから約3億年から 10 億年の間に起こったのではないか、と大雑把には分かっているものの、「いつ・どのように起こったのか」「どのような種類の天体が引き起こしたのか」などの具体的なメカニズムは現在でもよく分かっておらず、天文学者を悩ませています。これは、初代星・初代銀河の性質や形成過程に深く関わる大問題です。

最遠方銀河で見る夜明け前の宇宙の姿 図

図1: ビッグバンから現在までの宇宙の歴史。宇宙空間に満たされていた中性水素ガスが初代星・初代銀河からの放射によって、電離していく様子が分かります。(クレジット:国立天文台)

「宇宙の夜明け」を詳細に調べるには遠方銀河を探し、見つかった銀河の数・明るさを測定することが効果的です。これは宇宙空間に存在する中性水素ガスによって遠方銀河からやってくる光が暗くなり、銀河の見かけ上の数が減るからです。宇宙の歴史の各時代で銀河の数・明るさを比較することによって再電離の起きた時代を特定することができます (注2)。暗く、そして数少ない遠方銀河を効率的に発見することは、一度に広い視野を観測できる主焦点カメラ Suprime-Cam を持つすばる望遠鏡の得意技です。これまでにも数々の最遠方銀河記録を塗り替えながら、太古の宇宙に存在する中性水素ガスの量を調べてきました (注3)。しかし、より遠くの、特に赤方偏移7を超える銀河からの光を捕らえるためには、赤外線に近い観測波長帯で観測しなければなりません。遠方の銀河からの光は、宇宙膨張と共にその波長が伸び、放たれた直後は青かった光が赤くなるからです。可視光の観測装置である Suprime-Cam の赤外線付近の検出器感度は大きく落ち込んでいたため、赤方偏移7を超える遠方銀河が発見されない時期が長らく続きました。

しかし、2008年、主焦点カメラ Suprime-Cam に新たな検出器が搭載されました。新検出器の1マイクロメートル付近の感度は従来のもの比べ、約2倍に向上しました (注4)。世界最高感度の検出器により、赤方偏移7を超える超遠方銀河の探査が可能になったのです。これを受け、家さんらの研究チームは、赤方偏移 7.3 付近の銀河からの光 (約1マイクロメートル) のみを通す NB1006 という特殊な新フィルターを開発し、それを取り付けた新 Suprime-Cam を用いて、「すばる深宇宙探査領域」と「すばる XMM・ニュートン深宇宙探査領域」の2つの天域を観測しました。

得られた画像に写る 58,733 個の天体の中から、澁谷さんらは各天体の色を測定することにより赤方偏移 7.3 の銀河候補を4天体選び出しました。一般に遠方銀河の光は時間変化しないと考えられていますが、4候補天体の明るさの変化を注意深く調べたところ2天体には変光の兆候が見られ、遠方銀河ではない別の天体であると結論づけました。さらに、この色を用いた選別方法では誤って遠方銀河ではない天体も選び出してしまう可能性があるため、銀河候補を分光観測し、遠方銀河が放つ特徴的な光を捕らえる必要があります。そこで次に澁谷さんらは、すばる望遠鏡の分光装置 FOCAS とケック望遠鏡の分光装置 DEIMOS を用いて候補天体を分光観測しました。その結果、候補天体のうち1天体が遠方銀河に特徴的な輝線を放っていることが分かりました。このような綿密な調査により、候補天体に紛れ込む遠方銀河ではない偽物の天体をきちんとあぶり出し、真の遠方銀河 SXDF-NB1006-2 を発見することに成功したのです (図2、3)。

最遠方銀河で見る夜明け前の宇宙の姿 図2

図2: すばる XMM・ニュートン深撮像探査領域の一部の疑似カラー画像。(青色を B バンド、緑色を R バンド、赤色を NB1006 バンドに割り当てています。) 北が上、左が東。右側:1辺5分角、左下:1辺 25 秒角、左上:1辺3秒角。(1分角は1度の 60 分の1、1秒角は1分角の 60 分の1の角度です。) 中央に写る赤い天体が 129.1 億光年先の銀河 SXDF-NB1006-2。(クレジット:国立天文台)

最遠方銀河で見る夜明け前の宇宙の姿 図3

図3: ケック望遠鏡の分光器 DEIMOS を使って得られた SXDF-NB1006-2 の分光スペクトル。0.999 マイクロメートル付近に非対称な輝線が検出されました。 (赤矢印) 上のカラー画像は2次元スペクトルです。白い点線円で囲まれた部分に輝線が検出されていることが分かります。 灰色の部分は地球大気からの OH 夜光が重なっているため除いています。(クレジット:国立天文台)

このように候補天体から偽物の天体を除く作業は、宇宙の夜明け「宇宙再電離」を探る上で大きな意味があります。現在、世界の様々な研究チームが再電離を探るべく、特殊フィルターを用いた同様の手法により赤方偏移7以上の遠方銀河の数・明るさを調べています。しかし、それらの研究結果のほとんどは銀河「候補」天体に基づいており、偽物の天体が紛れ込んでいる可能性があります。そのため研究チーム毎に結果が食い違い、再電離に対する様々な憶測が飛び交っています。一方で、日本の研究チームはすばる望遠鏡の広視野装置のおかげで分光しやすい明るい天体が効率的に検出でき、これまでに「宇宙の歴史を遡るにつれて中性水素ガスの割合が増える」という結果を一貫して出す事ができています。今回の世界最高感度の検出器を用いた観測からもこれまでの日本の主張と同様のことが確認でき、銀河によって調べられた最古の宇宙 129.1 億年前には水素ガスの約 80 % が中性の状態である可能性があることを突き止めました。

今回は、他の研究チームに比べて中性水素ガスの進化を詳細に調べることができたものの、観測天域から1天体しか銀河を検出できていません。この天域に偶然銀河が多かった、もしくは少なかった可能性があります。さらに広い視野を観測しなければ遠方宇宙における銀河の数を正確に調べることはできません。現在、すばる望遠鏡では一度に Suprime-Cam の7倍もの視野を観測できる新装置 Hyper Suprime-Cam (HSC) が取り付けられようとしています。HSC による広視野銀河探査によって赤方偏移7以上の遠方銀河が数多く発見され、夜明け間際の宇宙の姿や初代天体の物理的性質が解き明かされる、と期待されています。澁谷さんは、「HSC を用いた大規模な赤方偏移7付近の遠方銀河探査によって、銀河の数や明るさの比較だけではなく、様々な角度から再電離のメカニズムに迫ることができるでしょう」と展望を語っています。

今後もすばる望遠鏡がさらに遠くの銀河を発見し続け、初代銀河の姿を写し出すのでしょうか。「分光観測によって赤方偏移8以上の銀河の光を捕らえるには、現在の口径 8-10 メートル級望遠鏡の集光力では大変厳しいです」と話すのは、国立天文台 TMT 推進室長の家さんです。TMT (Thirty Meter Telescope)とは、日本を含む国際協力によって建設が計画されている口径 30 メートルの次世代超大型望遠鏡です。これにより望遠鏡の集光力は約 10 倍にもなり、赤方偏移 10 を超える遠方銀河からの微かな光を検出することができます。すばる望遠鏡搭載の HSC の広視野撮像能力と TMT の集光力によって、宇宙の暗黒時代の姿や初代銀河の物理的性質が解き明かされる日も近いでしょう。

最遠方銀河で見る夜明け前の宇宙の姿 図4

表1: 分光観測によって地球からの距離が正確に求められた遠方銀河。赤方偏移8以上の可能性がある銀河の発見が報告されていますが、それらのほとんどが天体の色から推定したもので、分光観測によって遠方銀河に特徴的な非対称輝線 (ライマン α 輝線) を検出したものはひとつもありません。なお、SXDF-NB1006-2、と IOK-1 は特殊 (狭帯域) フィルターを用いて選択されたライマン α 輝線銀河、その他はライマンブレイク銀河です。

この研究成果は、米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』の 2012年6月20日号に掲載が予定されています。また本研究は、すばる望遠鏡、W.M. ケック天文台の観測により得られたデータに基づいています。なお本研究は、科学研究費補助金の特別研究員奨励費、基盤研究 (S) (課題番号:19104004) および基盤研究 (B) (課題番号:23340050) による助成を受けています。

動画: 論文の筆頭著者である澁谷隆俊さん (総合研究大学院大学) のインタビュー。(2012年6月1日撮影)

(注1) GN-108036 は 2011年12月15日のすばる望遠鏡プレスリリース「129.1 億光年の彼方、宇宙の『夜明け』にきらめく銀河を発見」の観測でみつけられた赤方偏移 7.213 の銀河です。赤方偏移の比較は測定誤差を含まない中央値に基づいています。なお、GN-108036 はドロップアウト法という選択手法によりみつけられた「ライマンブレイク銀河」で、今回の SXDF-NB1006-2 は狭帯域フィルターを用いて選択された「ライマン α 輝線銀河」です。

(注2) より正確に言うと、中性水素ガスによって吸収・散乱され減光される光はライマン α と呼ばれる特定の光です。そのためライマン α を放つライマン α 輝線銀河は、再電離を調べるのにうってつけの銀河種族です。

(注3)「『最も遠い銀河の世界記録を更新』- 宇宙史の暗黒時代をとらえ始めたすばる望遠鏡」(2006年9月13日すばる望遠鏡観測成果リリース) に詳しい解説があります。

(注4) 「すばる望遠鏡の新しい眼 -- 世界最高感度の CCD を搭載 -- 」 (2008年11月20日すばる望観測成遠鏡果リリース) に詳しい解説があります。

研究論文の出典
Shibuya et al. 2012, The Astrophysical Journal 752 号, 論文番号 114
"The First Systematic Survey for Lyα Emitters at z=7.3 with Red-sensitive Subaru/Suprime-Cam"

研究チームの構成
・澁谷隆俊 (総合研究大学院大学・大学院生/日本学術振興会 特別研究員)
・柏川伸成 (国立天文台・准教授)
・太田一陽 (京都大学・GCOE 特定研究員)
・家正則 (国立天文台・教授)
・大内正己 (東京大学・准教授)
・古澤久徳 (国立天文台・助教)
・嶋作一大 (東京大学・准教授)
・服部尭 (ハワイ観測所・サポートアストロノマー)

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