観測成果

すばる望遠鏡、オリオン座 KL 星雲を照らすエネルギー源を突き止める

2011年12月6日

  日本スペースガード協会、国立天文台の研究者らを中心とする研究チームは、オリオン大星雲内にある有名なクラインマン・ロー星雲 (KL 星雲) を温かく照らす真のエネルギー源の位置を、すばる望遠鏡による中間赤外線観測で突き止めました。赤外線画像を見るだけではわからなかったことが、複数の赤外線画像を組み合わせて温度や減光量といった物理的な値の分布を調べることにより、このようなことが可能になったのです。KL 星雲をめぐっては、放射状の不思議な構造の起源や、星雲の中に埋もれた原始星の生い立ちなど、謎が多く残されていますが、今回の結果がこれらの謎を解明するためのヒントになるかもしれません。


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図1: (a) すばる望遠鏡 COMICS の観測で得られた KL 星雲の中間赤外線三色合成画像 (視野 26 秒角 × 34 秒角)。波長 8.7 マイクロメートルの画像を青色、12.4 マイクロメートルを緑色、18.5 マイクロメートルを赤色に割り当てています。中心付近、逆凹の形で緑色に写っているのが赤外線天体 IRc2 です。右上の明るい天体は赤外線で最も明るい星の一つである BN 天体です。(b) すばる望遠鏡 MOIRCS による同じ領域の近赤外線画像。(c) すばる望遠鏡 CISCO によるオリオン大星雲の近赤外線広域画像。黄色の四角で囲まれた領域が (a) および (b) の KL 星雲。(クレジット: 国立天文台)


  クラインマン・ロー星雲 (KL 星雲) はオリオン大星雲 M42 の中心付近にある有名な赤外線星雲で、私たちから 1500 光年の距離にあります。中心には IRc2 と名付けられた「赤外線天体」がありますが、この IRc2 が太陽の約 30 倍の質量を持つ原始星であり KL 星雲のエネルギーを担っていると考えられてきました。一方、IRc2 とほぼ同じ位置に重い星が生まれていることを示す電波源 I も発見され、当初は IRc2 と同一の天体であると思われていました。しかしながらその後の詳細な観測により IRc2 と電波源 I とは位置が微妙にずれており、両者は別物であることがわかりました。

  電波観測の結果は、IRc2 ではなく電波源 I こそが真の原始星であることを示していましたが、赤外線でそのことを証明できるデータはこれまでありませんでした。なぜなら、赤外線で明るく光っているのはあくまでも IRc2 であって、電波源 I の場所には、どんな波長の赤外線でもそれに対応する天体が見えていなかったのです。

  今回、研究チームは、すばる望遠鏡に搭載された中間赤外線撮像分光装置 COMICS により、中間赤外線の複数の波長で KL 星雲の詳細な画像を取得しました (図1)。その結果、研究チームの撮影した中間赤外線画像についても、個々の波長の画像では電波源 I に対応する天体は検出できませんでした。そこで、異なる波長で撮影した画像どうしを組み合わせて KL 星雲内部の温度分布を調べたところ、IRc2 の位置には温度のピークがなく、一方で電波源 I の位置にピークがあることを発見しました (図2左)。温度がもっとも高い場所、すなわち電波源 I の位置に原始星があることがこうして確認されたのです。また、この結果から電波源 I にある原始星から IRc2 に向けてエネルギーの流れがあることも示されました。

  それでは、「赤外線天体」として知られていた IRc2 の正体はいったい何なのでしょうか。この謎を解くために研究チームは、 KL 星雲の減光量の分布を調べました (図2右)。減光量とは、光 (赤外線) を出しているもの「光源」と私たち (観測者) との間に、光 (赤外線) を遮るような星間物質 (塵) がどれだけあるかを示す量です。減光量が小さければ私たちは奥まで見通すことが出来ますが、減光量の大きい場所は霧がかかったときのように奥まで見通すことが難しくなります。

  研究チームは、すばる望遠鏡での中間赤外線観測で得られた減光量分布から、IRc2 付近では減光量の最も大きい場所が近〜中間赤外線で最も明るい場所に一致することを突き止めました。これは、IRc2 の位置に光源となる星が仮にあったとしても、私たちはそこから来る赤外線を見ることができないはずであることを意味します。つまり、IRc2 として見えている赤外線はその内部にある星からの光ではなく、近くにある他の明るい光源からの光を星間物質 (塵) が反射しているを見ていることになります。そして電波源 I の位置にいる原始星こそ、IRc2 を明るく照らす光源に間違いないと考えられます。

  以上の結果から、研究チームは、

  1. KL 星雲のエネルギー源となる原始星は IRc2 ではなく電波源 I にあること、
  2. IRc2 は電波源 I にある原始星の光を散乱して近赤外線〜中間赤外線で光っていること、
という新たな知見を得ることに成功しました。KL 星雲をめぐっては、「フィンガー」構造と呼ばれる放射状の不思議な構造 () の起源や電波源 I にあると考えられる埋もれた原始星の生い立ちなど、まだまだ謎が多く残されていますが、今回の結果がこれらの謎を解明するためのヒントになるかもしれません。

  この研究成果は、2011年8月25日に発行された日本天文学会欧文研究報告誌 (Publ. Astron. Soc. Japan) 第 63 巻第4号に掲載されました。


: KL 星雲には「フィンガー構造」と呼ばれる、中心から外に向かって放射状に延びる突起のような構造が見えています (図1(c) 中の右上付近で赤く写っている領域に見られます)。 すばる望遠鏡 1999年1月28日プレスリリース「オリオン KL 領域」に詳しい説明があります。


<研究チームの構成>

奥村 真一郎 (日本スペースガード協会)
山下 卓也 (国立天文台)
酒向 重行 (東京大学)
宮田 隆志 (東京大学)
本田 充彦 (神奈川大学)
片ざ 宏一 (宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
岡本 美子 (茨城大学)


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図2: (a) IRc2 周辺における温度の分布および (b) 波長 9.7 マイクロメートルでの減光量の分布。いずれもすばる望遠鏡で得られた中間赤外線画像を用いて導出したもので、視野は 7.5 秒角 × 7.5 秒角 。"" 印は電波源 I の位置、"x" 印は近赤外線で明るく見えている天体、白い等高線は波長 12.4 マイクロメートルの中間赤外線での明るさ、座標は BN 天体からの離角を表しています。IRc2 は図中で "x" 印が分布しているあたりの領域を指します。得られた減光量の分布 (b) から、IRc2 だけが減光量と中間赤外線での明るさとの間に相関が見られます。(クレジット: 国立天文台)



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