観測成果

すばる望遠鏡 謎のダークガンマ線バーストの正体に迫る

2010年7月20日

 京都大学、東京工業大学、国立天文台他の研究者からなるチームは、すばる望遠鏡を用いて、2008年3月25日に発生したダークガンマ線バーストとよばれるタイプのガンマ線バーストの観測を行いました。その結果、このバーストが、これまでにガンマ線バーストが見られた銀河のうち、最も重い銀河で起きたことを発見しました。また、このガンマ線バーストは、塵による吸収が非常に大きな場所で起こったものであることもわかりました。これらの発見は、このガンマ線バーストが、塵を作るような重元素が多い環境で起こった可能性が高いことを示しています。これは、「ガンマ線バーストは重元素量がたいへん少ない大質量単独星の最期の大爆発に伴う現象である」という従来の考え方とは大きく異なっており、これまでほとんど研究の進んでいなかったダークガンマ線バーストが別のメカニズムで爆発している、という可能性を示唆します。従って今回の結果は様々なガンマ線バーストの起源を知る上で重要な手掛かりになります。

 ガンマ線バースト (Gamma-Ray Burst: GRB, 注1) は宇宙で最も激しい爆発現象で、数秒から数十秒の間に、突発的にガンマ線が激しく放出される謎の天体現象です。GRBは遠くの銀河の中で起こっていることがわかっていて、この銀河を「GRB母銀河」と呼びます。近年の研究から、GRBは超新星爆発に伴う非常に高速なジェットを、それが吹き出す方向から見ているものであると考えられるようになってきました。現在の数値計算によれば、重い単独の星が超新星爆発を起こす時に、非常に高速なジェットを出すためには、ヘリウムよりも重い元素の量 (重元素量) が非常に少ない環境でなければいけません (注2)。今まで観測的には、GRB母銀河は非常に軽い銀河であることがわかっています。一般的に銀河の質量が小さいほどその銀河の重元素量も少ないという関係があるため、GRBは重元素量の少ない環境で発生していることを示していると言えます。またGRBの発生した場所での重元素量を分光観測によって直接測定した観測も行われており、実際に重元素量が少ないことが確かめられているものもあります。このようにGRBは重元素量の少ない単独星の超新星爆発に伴うものであるという考え方が理論的にも観測的にも裏付けられつつあります (以後この考え方を単独星シナリオと呼ぶことにします)。

 それにもかかわらずGRBの起源が明らかになったとは言えません。その理由は「ダークGRB」の存在です。一般的にGRBが発生した場所では、数時間から数日にわたってX線や可視光、近赤外線で明るく輝く「残光」が観測されます。ガンマ線観測によるGRBの位置決定精度はあまり良くないので、それがどこからやってきたのか、どんな環境で発生したのかを調べるためには、可視光等で残光を観測して、その母銀河を発見あるいは同定することが必要不可欠です。ところがGRBの中には可視光での残光が極端に暗かったり、全く検出できないようなGRBがあり、これを「ダークGRB」と呼んでいます。ダークGRBはGRBの約半数を占めるにもかかわらず、その残光検出が困難なために、これまでほとんど研究が進んでいません。その正体は謎に包まれていて、この起源を明らかにすることはGRB研究における最も重要な課題の一つとなっています。

 2008年3月25日、こと座の方向に、可視光では残光が見られないダークGRBが出現しました。そこで、京都大学、東京工業大学、国立天文台他の研究者からなるチームは、このダークGRBの正体を探るために、すばる望遠鏡の多天体近赤外撮像分光装置を用いて、発生領域の近赤外線撮像観測を行いました。その結果、このGRBの近赤外線残光と母銀河を世界で唯一発見することに成功しました (図1)。この観測はバースト発生から約9時間後に行われており、すばる望遠鏡の素早い観測体制とその集光力、そして近赤外線での観測が今回の発見に繋がりました。実際に検出された近赤外線残光の明るさは、GRB残光のモデルが予想する明るさよりもはるかに暗く、このダークGRB周辺に多くの塵が存在していて、これによって残光が強い吸収を受けていることがわかりました。このような多くの塵が存在する環境は重元素量の多い環境によって引き起こされると考えられています。

 同研究チームは母銀河の性質をさらに詳細に調べるために、バースト発生から約1年後にすばるの主焦点カメラを用いて観測し、可視光においても母銀河を検出することに成功しました。観測した色々な波長での銀河の明るさと、銀河のスペクトルモデルとを比較することで、銀河の様々な性質を調べることができます。その結果、この母銀河は天の川銀河に匹敵する質量 (星の総質量、以下星質量) を持っており、GRB母銀河としてはこれまでに発見された中で最も星質量が大きいことがわかりました。銀河には、その星質量が大きいとその重元素量も多いという関係があります。この関係と今回の星質量を使って予想される重元素量を計算すると、GRB母銀河のうち、これまでに確認されている重元素量の中でも飛び抜けて多いことがわかりました (注3; 図2)。これまで広く信じられてきた単独星シナリオではこのような大きな重元素量を説明することは困難です。大きな重元素量の環境でもGRBが発生する理論モデルとして、連星 (お互いのまわりを回っている二つの星) シナリオ (注4) が提案されており、このダークGRBは連星を起源とする爆発であったことを示唆します。このことは、これまで研究があまり進んでいなかったダークGRBとよばれるタイプのものが、別のメカニズムで爆発している可能性を示唆し、GRBの種類やその発生メカニズムを知る上で重要な手がかりになります。

 また、今から約4億3500万年前 (オルドビス紀) に起こった生物の大絶滅は、天の川銀河内で起こったGRBが原因であるとする説があります。天の川銀河での重元素量は多いためGRB説に対して否定的な見方が一般的と思われますが、今回の発見はこの議論に一石を投じることになるかもしれません。

 この研究結果は2010年8月発行のアメリカ天文学会のアストロフィジカルジャーナル誌第719巻に掲載されます。


研究チーム
橋本哲也、太田耕司 (京都大学)、青木賢太郎、田中壱 (国立天文台)、矢部清人 (京都大学)、河合誠之 (東京工業大学)、青木和光、古澤久徳、服部尭、家正則 (国立天文台)、川端弘治 (広島大学)、小林尚人 (東京大学)、小宮山裕、小杉城治、美濃和陽典、水本好彦 (国立天文台)、新納悠 (京都大学)、野本憲一 (東京大学)、能丸淳一、小笠原隆亮、Tae-Soo Pyo (国立天文台)、坂本貴紀 (NASA)、関口和寛、白崎裕治 (国立天文台)、鈴木素子 (JAXA)、田実晃人、高田唯史 (国立天文台)、玉川徹 (理化学研究所)、寺田宏 (国立天文台)、戸谷友則 (京都大学)、渡部 潤一 (国立天文台)、山田亨 (東北大学)、吉田篤正 (青山学院大学)



  figure1  

図1:すばる望遠鏡の多天体近赤外撮像分光装置によって新しく検出されたダークGRBの残光と母銀河 (図a: バースト発生約9時間後の画像)。図bはバースト発生約34時間後の画像。(a) では見えていた残光 (銀河上部の天体) が (b) では暗くなって見えなくなっていることがわかります。図cは (a) から (b) の画像を差し引いた結果で残光の姿がはっきりと見えています。(a) の緑色の円はX線残光の位置決定精度を表しています。



  figure2  

図2:GRB母銀河の重元素量をその母銀河の星質量ごとに表示した図。黒丸はGRB母銀河のこれまでに確認されている重元素量。直線付近以下の部分でしかGRBは起こらないと考えられてきました。今回のGRB 080325母銀河に対して期待される重元素量は赤色で示されていて、大きな重元素量でもGRBが起こることを示唆しています。




注1: GRBには、その性質から二つの種類があるとことが知られています。ロングGRBとよばれるバーストの期間が比較的長いものと、ショートGRBとよばれるバーストの期間が短いものです。この二種類のGRBは性質が非常に異なっているため、爆発の起源も全く別のものとされています。今回観測したGRBはロングGRBに属するもので、ここでいうGRBはロングGRBのことを指しています。ショートGRBの起源についてもまだ明らかになっていません。


注2: GRBと超新星の概念図。超新星が高速のジェット (GRB) を起こすためには、爆発前の星が高速で回転して、爆発時に星の中心でガス円盤が作られなければいけません。ところがこの時、星表面の物質が流れ出す「恒星風」によって星の回転する勢い (角運動量) が持ち去られてしまいます。つまり爆発前に恒星風によって多くの物質が星から流出しすぎると、星の回転速度は小さくなってしまいます。この恒星風がどれだけ物質を持ち出すかは重元素量に強く依存していて、重元素量が少なければ恒星風は星の角運動量をあまり持ち去らないので、結果的に爆発前の星が高速で回転していることになります。しかし反対に重元素量が多すぎると恒星風が多くの角運動量を持ち去ってしまい、爆発前の星は高速で回転することはなく、GRBは起こらないと考えられています。


注3: さらに最近になって、米国STScIの研究チームとハワイ大学の研究チームによっても、重元素量の大きな環境で発生したダークGRBが報告されています。


注4: 連星シナリオの概念図。連星とは重い星 (主星) とそれよりも軽い星 (伴星) が二つの星の重心を中心としてお互いに回っている天体です。主星が進化して外側の大気層が膨らんでいくとガスが二つの星を取り囲むようになります。この過程で二つの星がだんだん接近していき、やがて合体します。合体時にはお互いの周りを回っていた角運動量 (軌道角運動量) が残り、高速回転する星ができ、これがGRBの親星になると考えられています。そのため、たとえ重元素量が多い環境であってもGRBは起こりうると考えられています。





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