観測成果

らせん状星雲に見られる、水素分子の塊の詳細構造をとらえる ―赤外線の眼で楽しむ、宇宙の花火―

2009年7月2日

 国立天文台などの研究者からなるグループが、すばる望遠鏡の近赤外線カメラ MOIRCS を使って、惑星状星雲における水素分子の分布を明らかにすることに世界で初めて成功しました。一般的に、惑星状星雲は「もやもや」とした霧状のガスからなるイメージを持たれがちです。ところが、近赤外線で惑星状星雲を見てみると、彗星のような形をした多数の塊が惑星状星雲のほぼ全体にわたって分布していることがわかりました。塊の数は約4万個にものぼり、同心円状に広がっている様はまるで「宇宙の花火」のように見えます。太陽のような小質量の星が終末期に外層を放出し、惑星状星雲へ進化していく過程を解明することは天文学上の重要な課題ですが、今回の観測によって、星の外層の主成分であった水素分子が中心星の強烈な紫外線によって電離され、霧状のガスとなっている様子が克明に示されました。この研究は2009年8月発行のアストロフィジカル・ジャーナル誌701号に掲載される予定です。研究チーム代表者の松浦美香子さんは観測当時、日本学術振興会の特別研究員 (PD) として国立天文台で研究を行っていました。

 すばる望遠鏡の新しい近赤外線カメラ MOIRCS によって、惑星状星雲の内部全体にわたって、彗星のような形をした多数の塊が広がっていることがわかりました。塊の数は約4万個にものぼり、同心円状に広がっている様はまるで「宇宙の花火」のように見えます。

 惑星状星雲は、寿命を迎えた星から失われたガスやちりが霧状に星の周りを取り巻いて、明るく輝いている天体です。「花火」のように見えますが、この星は超新星のように爆発をしているわけではなく、おおよそ1万年から100万年くらいかけてガスやちりからなる花火の形を作り上げたと考えられています。

 惑星状星雲の中心に残された星は非常に高温で、今回の観測の対象となった「らせん状星雲 (NGC7293) 」の場合、およそ123,000度になります (太陽は約6,000度) 。この中心星からの強烈な紫外線によって、星の周りをとりまくガス (星雲) は、通常、電離してプラズマの状態で存在しています。ところが、この惑星状星雲の中には強烈な紫外線にさらされた状況では存在しないはずの水素分子の存在が知られていました。なぜ水素分子が電離せずに分子でいられるのか、その原因はよくわかっていませんでした。

 国立天文台などの研究者からなるグループは、すばる望遠鏡に搭載された近赤外線カメラ MOIRCS を用いて、惑星状星雲「らせん状星雲」に含まれる水素分子の出す輝線を観測し、その分布を調べました。その結果、星雲の中にある多数の「彗星の形をした塊」の中にだけ、水素分子が存在することがわかったのです。

 水素分子はある程度は紫外線を遮ることができます。水素分子が塊を作っている場合には、塊の内側に分布する水素分子は表面側に分布する水素分子の陰に入り、紫外線によって電離されずに分子として存在することができるのです。一方、塊の表面は紫外線や中心星から吹いてくる粒子の風の影響を受けるので、少しずつ水素分子が塊からはがされていきます。塊から蒸発して飛ばされた水素は中心星と反対方向にしっぽを作り、あたかも「彗星」のような形を作ると考えられるのです。塊から離れたところでは水素分子の密度は低くなり、紫外線を十分に遮るができず電離していきます。実際、電離した水素ガスは、一部は塊の表面からも見つかりましたが、大部分は塊の周辺に霧状の成分として見つかっています。

 水素分子で見つかった塊は彗星のような形をしていますが、ひとつひとつの核の部分の大きさは直径が400天文単位ほどにもなります。これは太陽系における冥王星の軌道の5倍にもあたる、非常に大きなスケールです (ただし、この大きさは蒸発していく水素の蒸気が膨らんで見えるためで、中にある水素分子の塊はもっと小さいものであると考えられています)。すばるは水素分子が塊からガスが広がっていくさまを詳細にとらえることができました。

 らせん状星雲は、約710光年と比較的近くにある天体のため、見かけの大きさが月の半分程度もあります。すばる望遠鏡の新しい近赤外線カメラ MOIRCS は8メートル級の望遠鏡に搭載されたカメラのなかでは視野が格段に広く、このような見かけのサイズが大きな天体であっても効率的に観測することが可能です。さらに、すばる望遠鏡の8メートルという口径を活かして、高感度、高分解能の画像を得ることができ、それが今回の水素分子を含んだ多数の「彗星の形をした塊」の詳細な画像に得ることに結びつきました。この研究結果は、惑星状星雲のみならず、星間空間や星生成領域など紫外線が強い条件下でどのように分子と電離ガスが共存しているのかを知る手がかりになるでしょう。


注1:「すばる多天体近赤外撮像分光装置(通称: MOIRCS = Multi-Object InfraRed Camera and Spectrograph、呼び名: モアックス)は、東北大学と国立天文台とが共同で開発した装置で、天体から届く近赤外線の撮像及び分光観測を行う装置です。近赤外線用としては巨大な400万画素の検出器2つを備え、世界の口径8~10メートル級望遠鏡の中では最大級の視野4分角X7分角 (1分角は1度の60分の1) を誇ります。詳しくは、2007年6月15日配信のトピックス「世界最高性能の赤外線観測装置 MOIRCS」をご覧下さい。






図1: すばる望遠鏡がとらえた、「らせん状星雲」の近赤外線画像。彗星のような形をした塊が、同心円状に無数に広がる様は、まるで「宇宙の花火」のように見えます。この惑星状星雲は、おおよそ1万年から100万年くらいかけてガスやちりからなる花火の形を作り上げたと考えられています。らせん状星雲はみずがめ座にある星雲で、見かけの大きさは満月の半分弱くらいある、非常に大きな惑星状星雲です。観測に使った波長は 2.12ミクロンで、髪の毛の太さの約50分の1程度の長さの光です。この光は水素分子が出す特有の光として知られています。(拡大)


図2: 図 1 の拡大図その 1。塊の表面は紫外線や中心星から吹いてくる粒子の風の影響を受けるので、少しずつ水素分子が塊からはがされていきます。塊から蒸発して飛ばされた水素は中心星と反対方向にしっぽを作り、あたかも「彗星」のような形を作ると考えられます。 (拡大)


図3: 図 1 の拡大図その 2 (拡大)




参考画像: ハッブル宇宙望遠鏡によるらせん状星雲の可視光画像。白い四角で囲った部分が、今回すばる望遠鏡でとらえた領域 (図 1 の拡大図参照) 著作権: NASA, NOAO, ESA, the Hubble Helix Nebula Team, M. Meixner (STScI), and T.A. Rector (NRAO) (拡大)







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