観測成果

すばる望遠鏡が捉えた110億年前の銀河の「骨組み」

2007年12月18日

 国立天文台、東京大学、京都大学の研究者からなるグループは、すばる望遠鏡の補償光学システム (AO) と近赤外線撮像分光装置 (IRCS) を用いて、110億年前の銀河の赤外線での高い空間分解能の撮像観測を行いました。補償光学システムを用いて地球大気の揺らぎの影響を抑えることにより、赤外線での高い空間分解能の観測が可能になり、110億年前の銀河の「骨組み」を世界で初めて捉えることに成功しました (図1)。この観測により110億年前の宇宙には円盤銀河に似た銀河が多く、楕円銀河がほとんどなかったことが明らかになりました。

 銀河系の周囲の現在の宇宙には「楕円銀河 (だえんぎんが)」と「円盤銀河 (えんばんぎんが)」という2種類の形の銀河があることが良く知られています。楕円銀河では星ぼしが丸い球状や伸びた楕円球状に寄り集まっています。一方、円盤銀河では円盤の上に星ぼしが渦巻状に寄り集まっています (渦巻き銀河と呼ばれることもあります:注1)。銀河系の周りの銀河がいつ、なぜ、どのようにして「楕円銀河」と「円盤銀河」という現在の形になったのか?という問題は天文学の最大の謎の一つです。この謎を解くためには出来るだけ遠くの銀河を観測して、宇宙の時代をさかのぼり、昔の銀河の形がどうなっていたのかを知ることが重要になります。

 これまで、昔の銀河の形の観測はハッブル宇宙望遠鏡による宇宙空間からの観測がリードしていました。ハッブル宇宙望遠鏡による観測によって、80億年前の宇宙には現在の宇宙で見られる楕円銀河と円盤銀河という銀河の形がすでに見られることがわかっていました。次のステップとして、さらに遠くにある、より昔の銀河の形がどうなっているのかを明らかにすることが重要になっていました。すでにすばる望遠鏡のユニークな広視野カメラは129億年前の宇宙にある銀河を発見しています。しかし銀河が遠くなるほど銀河の見かけの大きさは小さくなり、さらに昔の銀河ほど実際の大きさも小さくなるために、銀河の形を調べることは困難でした。これらの困難を乗り越えてさらに昔の銀河の形態を明らかにするために、すばる望遠鏡の最新の技術が用いられました。

 国立天文台、東京大学、京都大学の研究者からなるグループは、すばる望遠鏡の補償光学システム (AO) と近赤外線撮像分光装置 (IRCS )を用いて、これまで観測されていたよりも遠方の銀河の赤外線での高い空間分解能の撮像観測を2004年に行いました。1年にわたる観測により、13の視野の中の44個の天体の観測が行われました。銀河の中の星の分布を調べる上では銀河の放つ可視光での銀河の形を捉えることが鍵を握ります (注2)。銀河はさまざまな質量や年齢の星が寄り集まって出来ていますが、太陽程度の質量の星が銀河全体の星の質量を支配しています。可視光での銀河の形は、このような星の分布をよく反映し、銀河の「骨組み」を示していると言ってよいでしょう。したがって、遠くにある昔の銀河からの可視光を捉えて、銀河の「骨組み」を見るためには、銀河の放つ可視光を捉えることが必要になります。遠くにある銀河からの可視光は宇宙膨張による赤方偏移によって地上では赤外線として観測されます (注3)。

 今回は大口径のすばる望遠鏡とこの補償光学システムを用いて、110億年前の銀河を赤外線で高い空間分解能で撮影しました。この結果、110億年前の銀河の「骨組み」を世界で初めて捉えることに成功しました (図1)。得られた110億年前の銀河の光の分布を調べてみると、110億年前の宇宙には円盤銀河に似た銀河はたくさんあるが、楕円銀河のような中心に星が集中している銀河はほとんど無いことがわかりました (図2)。すでに80億年前の宇宙には現在の宇宙に見られるような楕円銀河と円盤銀河が存在していたことを考えると、今回観測された110億年前から80億年前の間に楕円銀河の形が出来てきたと推定されます (図3)。今回観測された円盤銀河のような昔の小さな銀河が衝突、合体を繰り返すことで、現在見られる大きな楕円銀河が作られていったと考えられます。

 すばる望遠鏡は遠方にある昔の銀河の形を明らかにする新しい窓を開きましたが、110億年前の銀河の形の研究はようやく始まったばかりです。今回の観測では自然の星を用いた補償光学システムで観測を行いましたが、この方法では観測対象の近くに明るい星があることが必要であり、観測できる銀河の数が限られていました。現在、すばる望遠鏡ではレーザーによる人工の星を用いた補償光学システムの試験観測 (詳しくはこちら) が続けられています。試験観測が終了し、科学的な観測が可能になれば、明るい星のそばにない銀河も補償光学を用いて観測することが出来るようになります。多数の銀河の観測がさらに進めば、現在の宇宙で見られる銀河の形がどのような歴史を経て確立してきたのかを明らかに出来ると考えています。

 本研究の成果は、2007年12月11日から16日に行われたすばる望遠鏡の成果を中心として銀河の形成と進化を議論する国際研究会"Panoramic Views of Galaxy Formation and Evolution" で発表されました。また2008年3月発行の米国天文学会誌 Astrophysical Journal Supplement Series にも掲載されることが決定されています。

Akiyama, M., Minowa, Y., Kobayashi, N., Ohta, K., Ando, M., Iwata, I., 2008, Astrophysical Journal Supplement Series, 印刷中

注1: 楕円銀河と円盤銀河の典型的な例は
楕円銀河:http://www.nao.ac.jp/Subaru/hdtv/m87w_s.jpg
円盤銀河:http://www.nao.ac.jp/Subaru/hdtv/m63_s.jpg
から見ることが出来ます。楕円銀河では星ぼしが丸い球状や伸びた楕円球状に寄り集まっています。一方、円盤銀河では円盤の上に星ぼしが渦巻状に寄り集まっています (渦巻き銀河と呼ばれることもあります)。光の分布を見ると、楕円銀河は中心に集中していますが、円盤銀河は広く広がっているという特徴があります。

注2: 可視光は人間の目で見える波長0.6ミクロン付近の光のことを指します。赤外線や紫外線は人間の目で見えない波長の光を指します。赤外線は波長が1.0ミクロンよりも長いあたりの光を指し、反対に紫外線は波長が0.3ミクロンより短いあたりの光のことを指します。可視光での銀河の形は銀河全体の質量を支配する太陽程度の質量の星の分布を反映しています。一方で紫外線でみた銀河の形は、太陽よりも質量の大きい、寿命の短い星からの光が支配しており、今現在、銀河の中で星が作られている領域だけが強調されて見えることになります。

注3: 宇宙は全体として一様に膨張していると考えられています。その結果、地球からより離れた銀河ほど、宇宙膨張によって、より速く遠ざかります。地球上で銀河を観測する場合、より速く遠ざかる銀河からの光ほど、より波長の長い側にシフトして観測されます。これを赤方偏移と呼びます。この赤方偏移の結果、遠くにある昔の銀河から放たれた可視光は地上では赤外線として、紫外線は地上では可視光として観測されることになります。


図1: すばる望遠鏡と補償光学システムが捉えた110億年前の銀河の「骨組み」。波長2ミクロンの赤外線での高い空間分解能の画像です。右下の白線が1秒角のスケールを表しています。110億年前の銀河の場合には1秒角は25,000光年に相当します。


図2: この2つの図は縦軸が銀河の中の光の分布の様子を示す指標で、横軸が銀河の大きさを表しています。左図は今回観測された銀河の光の分布の様子をしめしており、右図は比較のためにハッブルによってえられた50億年前の銀河がもしおなじ空間分解能で、おなじ手法で110億年前の昔に観測されたらどう見えるかをシミュレーションした結果を示しています。もし銀河の形に変化が無ければ110億年前にも多くの楕円銀河が観測されるはずですが、今回の観測では1つの銀河しか見つかりませんでした。 


図3: 銀河の形の進化の様子を示しています。今回観測された110億年前の銀河から80億年前の間に銀河は激しく衝突と合体を繰り返し、楕円銀河が形成されたと考えられます。80億年前の宇宙にはすでに現在の宇宙で見られる楕円銀河や円盤銀河が存在していたことが明らかになっており、80億年前から現在の宇宙の間には銀河の進化は穏やかになると考えられます。

 

 

 

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