観測成果

すばる望遠鏡補償光学系のガイド星生成用レーザーの開発

2005年7月6日


図1.レーザービーム照射。波長安定化を行うと、照射先に点状のガイド星が現れます。 (説明付き拡大画像)

 すばる望遠鏡では、大気の揺らぎによる星像のぼやけを解消する補償光学装置を装備しています。国立天文台と独立行政法人理化学研究所は、高層大気を光らせ「人工星」をつくり、補償光学装置を用いた観測を手助けする、ガイド星生成用レーザーの開発に成功しました。これにより、自然の明るいガイド星が存在しない天域についても、現在開発中の新補償光学系を動作させることが可能になります。


 すばる望遠鏡は、大気の揺らぎの影響が少なく星の瞬きが少ないハワイ島マウナケア山頂(海抜4200m)に建設されました。望遠鏡の鏡やドームに最先端技術を駆使したおかげで、地上望遠鏡としては世界一シャープな天体画像を得ることができます。しかし、どんなに性能のよい望遠鏡でも、大気の揺らぎのため望遠鏡が本来もつ理論的な解像力に比べると得られる天体の画像は不鮮明になってしまいます(注1)。

 すばる望遠鏡には、大気の揺らぎによる星像の乱れを除去する補償光学装置を装備しています。この装置は、目的天体の近くの明るい星(ガイド星)を用いて大気の揺らぎの影響を瞬間的に測り、小型の薄膜鏡の形状を36個のアクチュエータで毎秒2000回調節することにより、大気揺らぎによる光の乱れを打ち消す機能を持つもので、通常の撮影とは比べものにならないシャープな天体画像を得ることができます。国立天文台では新たに制御素子数188のより高度な補償光学装置を開発中です。


図2.レーザーガイド補償光学系の構成 (拡大画像)
 しかし、この仕組みでは天体の近くに大気の揺らぎを測るための明るいガイド星が必要となるため、折角の装置を使えるのはごく限られたケースでしかありません(注2)。そこで平行して開発が進められているのが、レーザーガイド星生成システムです(図2)。このシステムは、高度約100kmの高層大気中にあるナトリウム層(注3)を照射して「レーザー人工星」を発生させるもので、これにより明るいガイド星が無い天域についても、新補償光学系を動作させることが可能になります。

 レーザーガイド星生成システムの鍵となるのが、オレンジ色のナトリウムD線(波長589ナノメートル)で発振する高出力レーザーの開発です(注4)。このレーザーを上空に照射すると、高度約100kmの高層大気中のナトリウム原子が明るく輝きます。国立天文台は、理研固体デバイス研究ユニット (和田智之ユニットリーダー) の協力を得て、このための全固体レーザーをメガオプト社と開発してきました(注5)。5月末から6月にかけて、理化学研究所でこのシステムのプロトタイプ機を用いてオレンジ色のレーザービームを夜空に向けて照射することに成功しました。

 このレーザーガイド星生成システムは、今夏最終調整を終えたあと、ハワイ観測所に移送し、すばる望遠鏡への実装の準備に入ります。平成18年度中にはこのシステムを用いた試験観測を行う予定です。完成すれば、補償光学装置を用いない場合に比べてすばる望遠鏡の空間解像力が約10倍の0.07秒角に向上し、補償光学系が働く近赤外線観測においてはハッブル宇宙望遠鏡の3倍の空間解像力を実現することができます(注6)。



図3.すばる望遠鏡に搭載するレーザーガイド星生成システム。補償光学装置は、目的天体と一緒の視野内に入るガイド星を用いて大気の揺らぎの影響を瞬間的に測り、「可変型鏡」を制御して大気揺らぎによる光の乱れを打ち消す機能をもっています。このシステムは、さらに望遠鏡先端からレーザーを照射してガイド星を人工的につくることを可能にします。 (拡大画像)
図4.理化学研究所が開発した589ナノメートル Nd:YAG 和周波レーザー。
Nd:YAGレーザーの1319nmと1064nm の2つの光を混ぜ合わせることにより、589nmの4Wレーザーを発振させることに成功しました(周波数の和 1/1319 +1/1064 = 1/589 の関係から、波長1319nm と1064nmの2つのNd:YAGレーザーの光を混ぜ合わせると、偶然ですが、ちょうど589nmのナトリウムD線の波長のレーザー光が得られます)。具体的には、ハワイのマウナケア山頂でも安定に発振する高品質なレーザービームを得ることができる共振器技術、ビームの品質を保ちながら光出力を必要な強度にまで増強する光増幅技術、2つの同期された光パルスから黄色の589nmの光に波長を変換する非線形光学を利用した波長変換技術、さらに波長589nm のNa のD線に波長を500万分の1の精度で正確に同期する光制御技術を確立させて、可能にしました。(拡大画像)
図5.全固体589ナノメートルレーザー (拡大画像)
図6.補償光学を用いない場合の 解像力 (左) とレーザーガイド補償光学を用いた場合の解像力 (右) のシミュレーション。 (拡大画像)



-補足説明-

  • 注1:望遠鏡の理論的な解像力は「回折限界」と呼ばれています。直径D[m]の望遠鏡を用いて、波長λ[μm]の光で星を観測する場合、回折限界は1.2λ/Dラジアンとなり、直径8.2mのすばる望遠鏡で波長2.2μmの近赤外線で観測する場合は、回折限界の星像の直径は0.07秒角となるはずです。これに対し、大気の揺らぎによりぼやけた星像の大きさを「シーイング」と呼びます。マウナケアはシーイングが世界でも一番良い場所として知られていますが、それでも通常は回折限界の約5倍にあたる0.4秒角程度にぼやけてしまいます。
  • 注2:36素子の補償光学系を使うには約15等星より「明るいガイド星」が必要ですが、そのような星が観測したい天体のすぐそばに偶然ある確率は2%程度でしかありません。このため現在の補償光学系は、その性能をフルに発揮できるケースが限られています。
  • 注3:高度90kmから100kmの間に、ナトリウム原子密度が高い層があることが知られています。火星の周囲にも同じようなナトリウム層があることが知られており、流星などから蒸発した原子のうち、ナトリウムについては、この高さに物理化学的な理由で集積するのだとうと考えられています。レーザーガイド星は、ナトリウム層のナトリム原子を励起して光らせます。
  • 注4:高層大気のナトリウム原子を励起するためには、ナトリウムD線として知られている589ナノメートルのオレンジ色の光 (高速道路の照明などに使われているオレンジ色のランプはナトリウム灯です) で発振する高出力レーザーの開発が必要となりました。実際には直径約50cmの幅に拡げられたレーザー光が厚さ約10kmのナトリウム層を通過するときに、その部分が光ることになります。出力4Wのレーザーの場合、地上から見た明るさは11~12等星となります。
  • 注5:国立天文台の家 正則教授、早野 裕上級研究員、理研中央研究所 (茅幸二所長) 固体光学デバイス研究ユニット和田智之ユニットリーダー、斉藤徳人協力研究員らの研究グループによる開発の成果です。
  • 注6:すばる望遠鏡は直径8.2m、ハッブル宇宙望遠鏡は直径2.4mですから直径ではすばる望遠鏡が3.4倍大きいため、同じ波長で観測すると回折限界はすばる望遠鏡のほうが約3.4倍小さくなり、解像度で勝ることになります。
 

 

 

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