すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム, HSC) が、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星 (67P/Churyumov-Gerasimenko) の姿を偶然捉えました。チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星は太陽を 6.57 年の周期で公転する短周期彗星で、ヨーロッパ宇宙機関 (ESA) の探査機ロゼッタが2014年に到達し、詳しい探査が行われた事でも知られています。観測当時、この彗星は地球から2億キロメートルほど離れた、火星軌道と木星軌道の中間付近にいました。すばる望遠鏡の画像では、明るいコマに加えて長いダストの尾、そして淡いダストトレイルもはっきりと見えています。
実はこの彗星、HCG 59 (ヒクソン・コンパクト銀河群 59) とその周辺天域を観測した際に、たまたま視野に写り込んだものでした。口径8メートル級の望遠鏡では最も広い視野 (満月9個分) を持つ HSC だからこそ起きた「偶然」です (図2)。
また、この観測は、「キュー観測」というシステムによって、この日この時刻にたまたま行われたものでした。「キュー観測」とは天候・空の条件や採択課題の優先度などを考慮して、その夜の観測天体・天域をリストの中から柔軟に選びながら進める観測方法です。すばる望遠鏡ではこれを今年から取り入れ、まさにこの日が「キュー観測」導入初日だったのです。彗星は動いているため (図3)、HCG 59 の観測がこの日の前後数日以内でなければ、いくら HSC の視野が広いといってもこの彗星は視野内に入りませんでした。
しかも、この銀河群の観測課題の優先度は低かったため、当初は別の観測が行われる予定でした。ところが、この夜はあいにくの薄曇りで観測条件が悪かったため、雲の影響を受けにくいこの観測課題が繰り上がり観測されたものでした。数々の偶然に偶然が重なった結果得られたデータなのです。
「低評価を既に受け取っていた観測提案だっただけに、観測されたこと自体が驚きだったのですが、その中にまさかこんな『おまけ』が写っているとは予想だにしませんでした。普段は天候が良いことに越したことはないのですが、今回は天候が悪かったおかげでこのデータが得られたのだと思うと、なかなか複雑な気分です」と語るのは、銀河群の観測課題の研究責任者である八木雅文さん (国立天文台/法政大学) です。
撮影されたチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の画像には、ダストの尾とともに「ダストトレイル」も写っています。このダストトレイルの存在自体は既に知られていたものですが、研究チームでは彗星の専門家と連絡をとり始めており、ひょっとすると、この偶然得られた画像からも、彗星についての新たな知見が得られるかもしれません。