観測成果

遠方宇宙

3大望遠鏡で挑む 100 億年前の宇宙の自然法則

2014年9月11日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2020年3月17日

オーストラリア・スウィンバーン工科大学を中心とする研究チームは、宇宙の基礎物理法則を調べるため、現在、可視天体観測において世界最高レベルの性能を有する3つの地上大型望遠鏡を用いて、たったひとつの天体を観測しました。研究チームは、すばる望遠鏡に加え、同じくハワイにあるケック望遠鏡、そしてチリにある超大型望遠鏡 (VLT) をすべて利用して、HS1549+1919 と呼ばれるクエーサー (注1) の観測を集中的に行ったのです。

この天体からやってくる光は、それぞれ約 100 億年、90 億年、80 億年かなたに存在する3つの銀河をくぐり抜けて地球に到達しています (図1)。その際、ある特定の色の光だけが吸収されるため、クエーサーからの光には特徴的な光の欠損パターンが残されます。このパターンを調べることにより、遠方宇宙 (すなわち過去の宇宙) における基礎的な物理法則を調べることができます。具体的には、電磁気力 (自然界に存在する4つの力のうちの一つ) の大きさの指標となる微細構造定数という値 (注2) を調べました。

3大望遠鏡で挑む 100 億年前の宇宙の自然法則 図

図1:背後にあるクエーサー HS 1549+1919 からの光が、手前にある3つの銀河によって部分的に吸収され、バーコードのようなパターンをもって地球に届けられたものを、3つの望遠鏡でとらえている様子を描いた模式図。(クレジット:Swinburne Astronomy Productions)

「私たちは、このクエーサーからやってくる光を非常に多くの色に分けることにより、銀河による吸収のパターンがバーコードのように記録されたデータを取得しました。そして、このバーコードを読みとることにより、約 80~100 億年前の宇宙における微細構造定数の大きさを調べたのです。バーコードに記録された情報が高い精度で信頼できることを確認するためには、どうしても3つの望遠鏡を使う必要がありました」と、この研究の責任者であるスウィンバーン工科大学のタイラー・エヴァンス (Tyler Evans) さんは語っています。

同様の観測を数多くのクエーサーに対して行うことにより、遠方宇宙における微細構造定数の大きさが、地球上での値と比べてごくわずかに大きい、あるいは小さいことを示唆する先行研究もあります。「もしこの結果が事実であれば、基礎物理学に対する私たちの認識は大きな変革を求められることになります。ですから私たちは、望遠鏡や観測装置がバーコードを歪ませる可能性があるのか、またその可能性がある場合はどのような歪みをもたらすのかを念入りに調べる必要があります。そのためには、3つの望遠鏡を用いたトリプルチェックが必要になるのです」とエヴァンスさんは研究の動機を語っています。

実際に3つのバーコードを比較したところ、互いにわずかなずれが存在することを研究チームは突き止めました。「この研究の重要な点は、バーコードの相対的なずれの情報をもとに、各望遠鏡がもたらすゆがみを修正できることです」と語るのは、共同研究者であるスウィンバーン工科大学のマイケル・マーフィー (Michael Murphy) さんです。「この手法をもとに実際にバーコードのゆがみを修正したところ、3つの望遠鏡で取得されたデータはいずれも同じ結論を導き出しました。それは、過去 100 億年の間に、微細構造定数の大きさが 100 万分の5~10 程度以上のスケールでの変動は示さないというものです (図2)。この結果は、過去に行われたどの測定よりも信頼できるものであると思っています。」

3大望遠鏡で挑む 100 億年前の宇宙の自然法則 図2

図2:すばる望遠鏡 (緑)、ケック望遠鏡 (赤)、VLT (青) の観測データに基づく、微細構造定数の測定結果。横軸は赤方偏移 z を表しており、約 80 億年、90 億年、100 億年前の銀河はそれぞれ z=1.143、1.342、1.802 に対応します。縦軸は地上における微細構造定数と比較した変動の大きさを表しています。(クレジット:スウィンバーン工科大学ほか研究チーム)

共同研究者である信州大学の三澤透さんは「ケック望遠鏡と VLT だけでは解決しにくかったバーコードの歪みの問題に、今回初めて参入し、その修正手段に道を拓いたことは、すばる望遠鏡による大きな成果だと思います」と語っています。

現在、研究チームは他の銀河に対しても同様な測定作業を進めています。「この手法をより多くのクエーサーに対して適用すれば、宇宙の長い歴史において、本当に微細構造定数が変動しているのか否かを、非常に高い精度で確認出来るようになるでしょう」とマーフィーさんは今後の研究に対する意気込みを語っています。

本研究結果は英国の天体物理学専門誌『Monthly Notices of the Royal Astronomical Society』への掲載が予定されています (Evans et al. "The UVES Large Program for testing fundamental physics - III. Constraints on the fine-structure constant from 3 telescopes", URL: http://arxiv.org/abs/1409.1923)。また、本研究はタイラー・エヴァンスさんの博士論文研究の一部です。

(注1) 遠方宇宙に存在し、莫大な光を放っている巨大ブラックホールの周辺領域。

(注2) 電気素量 e、プランク定数 h、光速 c という物理定数からなる結合定数で、通常 α で表されます。

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