観測成果

超巨大ブラックホールからのガスの流れをとらえる
- 京都三次元分光器第2号機 面分光で -

2005年8月4日

この記事は京都大学のプレスリリースを転載したものです。
(転載元: http://www.kusastro.kyoto-u.ac.jp/~sugai/ngc1052/index.html)


概要

  ほとんどの銀河はその中心部に超巨大ブラックホールを持つということがわかってきています。他の銀河との相互作用などにより、これらの超巨大ブラックホールへ燃料となるガスが供給されると、それが超巨大ブラックホールの極く付近まで円盤状に落ち込んできたときに生じる摩擦熱によって莫大なエネルギーで光り始めたり、円盤付近から逆にガスが噴き出したりと、激しい現象が発生します。今回、このような現象をまさに起こし始めたばかりであると考えられている銀河 NGC 1052 の中心部を世界最高性能の面分光画像でとらえました。その結果、高速の広がったガスが噴き出される様子を初めて鮮明に描き出すことに成功しました。これによって明らかになった様々な構造は、超巨大ブラックホールにおけるガス噴出のメカニズムの解明に役立つと期待されます。すばる望遠鏡の高い解像度と、面全体を同時に分光観測できる京都三次元分光器第2号機とのユニークな組み合わせによって初めて可能になった観測です。

  なお、この成果は、アメリカ合衆国天文学会誌アストロフィジカルジャーナル 2005年8月10日号に掲載される予定です。


1. 注目を受ける銀河風

  最近、銀河からガスが吹き出す現象 (銀河風と呼びます) が重要視されています。年間の最新の天文学の動向をまとめるアニュアルレビューズ・オブ・アストロノミー・アンド・アストロフィジックスの中にも、今回、ギャラクティック・ウィンド (銀河風) というレビュー論文が掲載されるなどということからも、注目度が高い分野であることがわかります。この現象は、宇宙が銀河を形成し始めたころ、つまり 100 億年以上も前から銀河の進化にとって重要な役割を担ってきたことが示唆されています。銀河風は、銀河内ガスを吹き飛ばし、銀河の外へとガスを供給します。銀河本体のその後の星形成にも影響を与え、銀河の明るさの進化を決めていく重要な要素にもなります。人間を作っている元素の形成史やそのばらまき方にも影響を及ぼすことになります。このような重要性にもかかわらず、銀河風の観測は簡単なものではありません。銀河風が淡いからです。最近の大望遠鏡による集光力と工夫された装置により、初めてその描像を明らかにする機会がおとずれつつあるのです。銀河風は、爆発的な星の集団形成に伴うものと、銀河中心に存在すると考えられている超巨大ブラックホールの活動(活動銀河中心核)に伴うものとに大別されます。今回は、その中でもより謎が多いとされる活動銀河中心核に伴う銀河風をとらえた貴重なものです。

  使用した装置は、以前 2002年10月に、ファーストライトでの成果について取り上げていただいた、京都三次元分光器第2号機です。この装置はハワイ大学 2.2 メートル望遠鏡に取り付けることもできますが、今回の成果は、すばる 8.2 メートル望遠鏡に取り付けることによって得られた最初のものです。装置の詳しい内容は第4章をご覧ください。


2. 超巨大ブラックホールからの銀河風の構造をとらえる

  最近の研究により、私達の天の河銀河のような一見普通に見える銀河を含め、ほとんどの銀河にはその中心に、太陽の百万倍とか 10 億倍とかいう質量を持った超巨大ブラックホールが存在することがわかってきています。これらの超巨大ブラックホールは、燃料が無いときにはおとなしくしているのですが、他の銀河との相互作用などにより周りから燃料となるガスが供給されると、それが超巨大ブラックホールの極く付近まで円盤状に落ち込んできたときに生じる摩擦熱によって莫大なエネルギーで光り始めたり、円盤付近から逆にガスが噴き出したりと、激しい現象が発生しにわかにその存在を主張し始めます。このような活動性を持つものを活動銀河中心核とよんでいます。

  今回、活動銀河中心核の中でも非常に若い段階にあると考えられている NGC 1052 という銀河の中心部を世界最高性能の面分光画像でとらえました。くじら座の方角にあるこの銀河は、私達から6千万光年という比較的近傍に存在するため、活動銀河中心核付近の成長の様子を空間的に分解して観測できるチャンスを与えてくれたのです (図1)。観測の結果、超巨大ブラックホール周辺から双極円錐状に噴き出している銀河風 がきれいにとらえられ (図2)、さらに、それが周りに残っているガスと激しく衝突している現場をもとらえることができました。銀河風ガスのなかには 毎秒千キロメートルを越える非常な高速で動いているものもあることがわかりました。銀河風の円錐軸に近いほど高速に噴き出しているというような、 銀河風の中の構造までも明らかになったのです。活動銀河中心核成長の初期段階の貴重な観測となりました。

  0.4 秒角 (1度角の約1万分の1) という高い解像度と、面分光とのユニークな組み合わせによって初めて可能になった観測であり、中心核付近の構造とガスの運動を百光年という空間分解能でくまなく描きあげるに成功したのです。活動銀河中心核はそれを保有する銀河を越えてまで影響を及ぼすようなものもめずらしくはありません。そのような大規模なものも、NGC 1052 において観測されたような、初期の銀河風が周りに残っているものを押しのけていくような、激しい誕生の時期を経てきたに違いありません。今回の観測は、活動銀河中心核が発生し、周囲に影響を及ぼしていくまさにその "瞬間" をとらえたのです。活動銀河中心核における銀河風の起源に迫る上での貴重なデータとなりました。


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図1: すばる望遠鏡によって作られる楕円銀河の像を、京都三次元分光器第2号機のマイクロレンズアレイ上に置くことにより面分光観測を行いました。マイクロレンズアレイは、図上黒い格子で示した小レンズの集合体です (図3)。各小レンズに対応した銀河の各部分における分光データが、つまりこの領域全体の分光データが一度に得られます。白い四角で囲んだグラフは、そのうちのとある6か所のみでの分光データを示したもの。電子を2個失った酸素から放射される光 (スペクトル輝線の波長と強さを示しています。(実際にはこの 20 倍の波長範囲が観測されており、様々な元素からの輝線が見られますが、ここでは簡単化のために限られた波長範囲だけを示しています。) このグラフの形が酸素ガスの運動状態を表しています。ガスが運動していると、光のドップラー効果によって波長が本来の波長からずれるからです。場所によって、輝線のピーク波長や形が異なっています。


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図2: 図1に示したようなデータを全ての空間について解析したもの。左図は、私達に向かってくる向きに毎秒 800 キロメートルで動いているガスの空間分布。中図は、どちらにも動いていないガスの空間分布。右図は、私達から遠ざかる向きに毎秒 400 キロメートルで動いているガスの空間分布。速度は、ガス中の電離酸素からの緑色の輝線へのドプラー効果を測定 (図1) することにより得ています。私達に向ってくる向き (左側の部分) と遠ざかる向き (右側の部分) に双極的に噴き出している銀河風があることがわかりました。各画像の中心の明るいところ (X 印で示した) に超巨大ブラックホールが存在していると考えられており、銀河風はその極く近傍から噴き出てきています。各画像の視野は約千光年にあたります。この図では、北が上になるように像を回転してあります。


3. 解析における技術的なこと

  第1章で、銀河風が淡いので、銀河風をとらえることが難しかったと述べました。さらに技術的な詳細を述べると、銀河風ガスの構造・運動をとらえるためには、ガス以外つまりその銀河に存在する星々からの光の影響を取り除かなければならないというところにも難しさがありました。ガスからの輝線の形を分析する際に、その下に潜んでいる星々からの連続スペクトル・吸収線を取り除かないと正しい結果を得ることはできません。私たちは、星々の構成という観点からは非常に似ているのだけれども電離されたガスや銀河風を持たないという点で全く異なる別の銀河も観測し、この銀河のスペクトルをうまく差し引くという手法を用いました (図3)。この手法の有効性は、銀河の中心など空間1点について用いる単純な場合には確立されているのですが、今回、この手法を面全体に適用したのです。高品質な面分光データだからこそ可能だったのです。


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図3: 恒星の影響を取り除いて銀河風などガスのみの情報を取り出す方法。星々の構成という観点からは非常に似ているが電離されたガスや銀河風を持たないという点で全く異なる別の銀河を観測し、この銀河のスペクトルを NGC 1052 のスペクトルから差し引きます。一番下にあるスペクトルが目的のガスのみのスペクトル。実際には、このような操作を面全体のスペクトルに適用しました。横軸は波長 (オングストローム)、縦軸はその波長における光の強さ。


4. 京都三次元分光器第2号機

  最後に、京都三次元分光器第2号機について、少し説明させていただきます。この装置は、以前、ハワイマウナケア山頂のハワイ大学 2.2 メートル望遠鏡に搭載して得られた衝突銀河 NGC 6090 の観測結果を取り上げていただいたものです。今回の成果は、この装置を同じマウナケア山頂のすばる 8.2 メートル望遠鏡に搭載して得られたものです。

  この装置の特徴は、興味のある領域全体の光を一度に分析できることです。光を "七色" の虹に分けて天体を分析することができますが、従来の手法だと一度に分析できるのはスリットと呼ばれる狭い隙間 (直線) を通して見える部分のみでした。私たちの装置は、虫の複眼のように多数の小さなレンズが密集した光学素子 (マイクロレンズアレイと呼んでいます。図4) を用いて面に広がった天体を空間的に細かく分割することにより、それぞれの場所での七色の虹を同時に得ることができます。領域全体の分析データを一度に得ることができるのです。

  このような観測手法をとりいれていくことは、現在の大望遠鏡時代の次にくるブレイクスルーとして世界的に期待されています。先月、英国ダーラムで国際研究会 Integral Field Spectroscopy: techniques and data production (面分光: 技術とデータ解析) が開かれました。この研究会は、大望遠鏡で実績を挙げた、または挙げつつある面分光装置関連研究者を世界中から網羅して集め、次の 30 - 100 メートル望遠鏡時代への基礎作りをすることを目的としたものです。筆者はこの研究会の科学組織委員の一人に選ばれました。京都三次元分光器第2号機が大望遠鏡で活躍している面分光装置として認識されていることを物語っています。この装置を用いての研究は、さまざまな研究者との共同研究という形でも活発に行われています。


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図4: 面の分割を行うマイクロレンズアレイ。マイクロレンズアレイという小レンズの集合体によって像が分割されます。個々の小レンズの大きさは一辺 1.54 ミリの正方形で、それが 37 個 x 37 個並んでいます。これら全てについて、同時に光の分析ができます。大きく2分割されているのは、実際にはマイクロレンズアレイの一部を天体の写っていない領域にあて、空の影響をきれいに取り除く工夫がなされているため。



 

 

 

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