観測成果

矮小不規則銀河しし座 A の隠された構造が明らかに

2004年8月5日


低解像度 (204 KB)
高解像度 (889 KB)

天体名:
矮小不規則銀河しし座 A (距離260万光年)
望遠鏡: すばる望遠鏡/主焦点
観測装置: すばる主焦点カメラ
フィルター: B (0.45ミクロン)、V (0.55ミクロン)、I (0.80ミクロン)
色: 青 (B)、緑 (V)、赤 (I)
観測日時: 世界時 2001 年 11 月 20、21 日
露出時間: 50 分 (B)、30 分(V)、20 分 (I)
視野: 約 13.4 分角× 10.7 分角
画像の向き: 北が上、東が左
座標: 赤経 (2000 年分点) = 9 時 59 分 26.5 秒、赤緯 (2000 年分点) = 30 度 44 分 47 秒 (しし座)

 国立天文台・リトアニア物理学研究所・ダーラム大学・パリ天文台・京都大学・ ぐんま天文台・東京大学の研究者からなるチームは、すばる望遠鏡を用いて矮小不規則銀河「しし座A」内の星の分布を調べ、この銀河はこれまで知られていたよりはるかに大きく広がっており、しかも外縁部にはっきりとした境界をもっているという新たな構造を明らかにしました。この発見は、極めて質量の小さな銀河にも複雑な構造が形成されることを示しており、銀河進化理論が解決すべき新たな問題を提示するものです。

 宇宙初期から現在に至るまでの銀河の形成、およびその進化を明らかにすることは、天文学の最も大きな課題のひとつです。現在標準となっている宇宙モデル(注1)では、宇宙初期の密度揺らぎからまず小さな天体(銀河の種)が生まれ、それが衝突・合体を繰り返すことによって、天の川銀河のような大きな銀河が形成されると考えています。矮小不規則銀河(注2)は、宇宙で最も数多く存在している銀河で、誕生から何十億年ものあいだ変わらずにその性質を保持していると考えられています。これらはより大きな銀河が衝突・合体によって生み出される際の種になる銀河ではないかとみられ、研究者の強い関心を集めています。

 国立天文台の有本信雄教授とリトアニア物理学研究所のヴラダス・ヴァンセヴィシウス教授が率いる研究チームは、「しし座A (Leo A)」 とよばれる矮小不規則銀河に注目しました。この銀河は非常に質量が小さく(我々の銀河系のわずか10,000分の1)、他の銀河から孤立して存在しており、極めて大量のガスを保持しているといった特徴があります。これはこの銀河が他の銀河の干渉を受けずに進化してきたことを示唆しており、天の川銀河のような巨大な円盤銀河とは対照的に、極めて単純な構造をしているとこれまで考えられてきました。しかし、すばる望遠鏡で銀河の外側まで深く撮像観測した結果、これまでの考え方は変更を迫られることになったのです。

 これまで知られていたしし座 A の見かけの大きさは 7 分角× 5 分角(注3)です。すばる望遠鏡の主焦点カメラ(Suprime-Cam)は広い視野(34分角×27分角)をもち、しかも暗い星までも映し出すことができるため、この研究に非常に適した観測装置です。研究チームは 2001年11月に可視光の3色で観測を行い、この銀河内で赤色巨星がどのように分布しているか調査しました。赤色巨星は、太陽のように質量の小さな星が進化を遂げた段階にある非常に明るい星で、銀河外延部の構造を調べるのに適した星です。研究グループはしし座 A がすっぽりと納まる楕円(長軸半径 12 分角、短軸半径7分角)の内側を詳細に調査し(図1)、全部で 1394 個の赤色巨星を検出しました。

 図2は、しし座 A の中心から外側にむけての赤色巨星の個数分布を示しています(横軸はみかけ上の長軸半径)。研究チームは、これまで半径 3.5 分角程度とみられていた円盤成分は、実はずっと大きくて 5.5 分角まで延びていることを発見しました。そしてさらにその外側、7.5分角までにも赤色巨星は分布していることも明らかになりました。この領域では赤色巨星の個数分布の変化が緩やかで、円盤成分とは異なる構造であるとみられ、研究チームはこれを「ハロー」とよんでいます。このようなハロー構造が矮小不規則銀河で見つかったのは初めてのことです。そして、銀河の中心から 8 分角のところで赤色巨星の分布が急激に減少しており、このハロー成分は、はっきりとした境界をもっ て途切れているといえます。矮小不規則銀河がハローを持っているかどうかがこれまでずっと不明で、世界中の研究者がハローの発見にしのぎを削っていたのですが、研究チームはすばる望遠鏡の特性を生かして一番乗りを果たしたのです。

 このように、しし座 A の大きさはこれまで考えられていたよりも 2 倍以上あることが明らかになりました。銀河がこれまで考えられていたよりも数倍広がっているとすれば、ごく近傍の宇宙でさえ、我々は銀河の「氷山の一角」しか見ていなかったことになります。

 このように、矮小不規則銀河しし座 A は、これまでに知られていた円盤成分に加え、ハロー成分をもち、その外側には星の分布にはっきりとした境界があるということが明らかになりました。この構造は、天の川銀河のような一人前の大きな銀河の構造に非常によく似ています。大質量銀河の複雑な構造は、小質量銀河が衝突・合体を繰り返した結果形成されたものであるとこれまで考えられてきました。ところが今回の結果は、宇宙初期の冷たい暗黒物質の密度揺らぎから直接形成されると考えられてきた極めて小質量の銀河でさえ、複雑な形成の歴史を辿ってきたことを示唆しており、現代の銀河進化シナリオに疑問を投げかけるものです。有本教授とヴァンセヴィシウス教授は、しし座 A が銀河の形成と進化の過程を理解するための「ロゼッタストーン (注4)」であると注目しています。

 論文は、下記の米国アストロフィジカルジャーナル誌のレターに掲載されます。
August 20, 2004, Astrophysical Journal Letters (Volume 611, Number 2, L93)


注1:宇宙は冷たい暗黒物質に満ちていて、観測されるのは通常の物質からなる銀河だが、その形成は暗黒物質による重力作用に支配されているというモデル。

注2:矮小不規則銀河とは非常に小さなサイズで、星とガスが不規則状に分布している銀河のこと。天の川銀河とは異なり、渦状構造は見られない。

注3:しし座 A までの距離 260 万光年では、1 分角は 750 光年に対応する。

注4:エジプトのロゼッタという町で 1799 年に発見された石碑。紀元前の3種類の文字で同じ文章が書かれており、古代文字の解読に画期的な役割を果たした。現在はイギリスの大英博物館に展示されている。





(図 1) 主焦点カメラによる矮小不規則銀河しし座 A の V バンド(0.55ミクロン)画像。4つの楕円 (軸比 0.6) はこれまで知られていた銀河の大きさ (長半径3.5 分角) を青緑色、今回発見されたハロー成分が卓越しはじめるところ (同5.5 分角) を青色、新しく確立されたしし座 A の大きさ (同 8.0 分角)を赤色、背景の天体の表面密度分布を求めるために用いた領域 (同 12.0 分角)を緑色で示しています。


(図 2) しし座 A の中心から外側に向けての赤色巨星の個数分布(長軸方向の表面密度分布)。各線は、長半径が 2 分角から 5.5 分角に存在する古い星から成る円盤 (青)、5.5 分角から 7.5 分角の領域に広がるハロー (赤)、そして背景成分として用いた 8 分角から 12 分角の領域 (緑) の分布を表しています。
 

 

 

画像等のご利用について

ドキュメント内遷移