観測成果

土星の衛星タイタンのジェット気流―NASAの探査機計画と共同研究

2004年6月29日

NASA ゴダード宇宙飛行センター発信のプレスリリース
(http://www.gsfc.nasa.gov/topstory/2004/0615hipwac.html)

 昨冬、雪景色のマウナケア山頂で、すばる望遠鏡に NASA の装置が取りつけられ、土星の衛星タイタンの激しいジェット気流が観測されました。この観測は、NASA等が打ち上げた「カッシーニ」土星探査ミッションから、探査機「ホイヘンス」が分離して、来年1月にタイタンの濃い大気中に突入することと連携して行われたものです。

 HIPWAC と名づけられた NASA の装置は、惑星の気流や大気組成を観測するためのヘテロダイン受信機 (*訳者注) です。すばる望遠鏡の大口径を生かして HIPWAC で行った観測を、これまで行ってきた観測結果と合わせて考えると、タイタンの上層大気 (成層圏) には、高緯度で時速756キロメートルの風、つまりジェット気流が存在するという説を裏づけるものとなりました。すばる望遠鏡による観測では、ジェット気流はタイタンの自転と同じ方向に吹いており、赤道付近の成層圏では気流は高緯度よりも穏やかである (時速約425キロメートル) ことが明らかとなりました。これはジェット気流モデルとよく合う結果です。 HIPWAC は、メリーランド州グリーンベルトにある NASA ゴダード宇宙飛行センターで設計・製作されました。すばる望遠鏡は、日本の国立天文台によって運営されています。
(*訳者注:ヘテロダイン受信機とは、ラジオやテレビと同様の方法で、波の性質を損なわずに光を受信する装置で、波としての性質を利用して周波数を極めて正確に測定できます。)

 タイタンの気流の方向を地球から観測するのは極めて困難です。これは、タイタンの上層大気中に炭化水素 (水素と炭素から成る分子) があるため、大気がオレンジ色に霞んでしまって動きを示す特徴がとらえられないためです。

 この観測は、もともと NASA、欧州宇宙機関 (ESA),イタリア宇宙機関 (ASI) の国際事業であるカッシーニ土星探査ミッションのために進められました。このミッションは、大型ロボット探査機を用いて、土星とその31個の衛星を探査するもので、今年7月からいよいよ土星周辺で活動を展開する予定です。ESAが製作したホイヘンスは、探査機カッシーニに取りつけられていますが、12月には切り離されて22日間の旅の後、タイタンの大気に突入します。カリフォルニア州パサデナの NASA ジェット推進研究所がカッシーニ土星探査ミッション全体を統括しています。


 「我々の観測は、タイタンの対極的な大気の流れを明らかにしたもので、ホイヘンスが下降中に行う局所的な気流の測定を補うものとなるでしょう。惑星全体の気流の方向や速度をとらえることは、惑星大気の力学、特に、ゆっくり自転している天体の大気の力学を理解するために重要です。タイタンの一日は地球の16日に当たります。」と、NASAゴダード宇宙飛行センターのセオドア・コスティウク博士は述べています。

 「ホイヘンスが実際に下降するほんの2-3時間に合わせて、もう一度この観測にチャレンジしたいと思っています。そうすれば、カッシーニとホイヘンスから詳細な局所的情報が得られるのと同時に、HIPWACとすばる望遠鏡で全体的な情報を得られるからです。」と、ハワイ、マウナケアにあるすばる望遠鏡所長の唐牛宏教授は話しています。

 太陽系で2番目に大きい衛星タイタンは水星よりも大きく、そして既知の衛星でただ一つ厚い大気の層があり、おそらく地球大気の1.5倍以上の密度があるとされます。太陽から遠いため、タイタンは極めて寒く (表面温度はマイナス178度くらい),炭化水素の雨が降るためにガソリンのような物質の海が形成されているはずです。科学者たちがタイタンの探査に情熱を燃やすのは、その大気が誕生直後の地球大気に似ている可能性があるからです。誕生直後の地球大気には、生命をつくる源となった炭化水素が豊富にあったと考えられています。

 HIPWAC は、タイタンの大気に目に見える模様がなくても、その速度や方向を測定できます。この装置は、タイタンの大気中の炭化水素が出すかすかな赤外線放射をとらえるからです。赤外線放射は人間の目には見えないのですが、タイタンの炭化水素の「もや」を通り抜け、特殊な装置によって検出することができます。HIPWAC は、炭化水素の分子がタイタンの気流にのって運ばれるときに生じる、ごくわずかな色 (周波数) の変化を測定します。これはドップラー効果と呼ばれ、救急車が通り過ぎる時のサイレン音の変化と同様の現象です。炭化水素はタイタンの気流にのって動いているため、これらの分子が放射する赤外線のドップラー効果から気流の速度が分かるのです。

 このように極めて微少なドップラー効果を測定するために、HIPWACは赤外線の色、つまり周波数を、非常に精密に区別できなければなりません。このような能力は「分光分解能」と呼ばれていますが、HIPWAC の分光分解能は、既存のいかなる装置よりも200倍も高いものです。また、赤外線の周波数を非常に正確に測定しなければなりませんが、HIPWACは1億分の1の周波数の違いも見分けることができるものです。

 すばる望遠鏡は、HIPWAC に大口径による集光力を提供しました。すばるの直径8.2メートルの主鏡は、一枚鏡としては現在定常運用されている望遠鏡中で最大のものです。HIPWAC は、光を異なる周波数に非常に細かく分けて高い分光分解能を達成しているため、より多くの光を集めれば、より高い性能が発揮できるのです。この研究には、チャレンジャー宇宙科学教育センター、メリーランド大学、ハワイ大学、ドイツのケルン大学などの研究機関も参加しています。


画像と詳細:

 

このイメージは、ホイヘンスがタイタン表面に到達した時の様子です。 探査機カッシーニ (画像の左上隅に見える) は、ホイヘンスに高指向性アンテナを向けながら飛行しています。メタン、エタン、そして (大部分) 窒素から成るタイタンの厚いの大気を通して、土星が見えます。薄いメタンの雲は地平線に点在し、狭いメタンの水源から 「メタンの滝」が左手の崖から流れ、そのほとんどが途中で蒸発してしまうでしょう。滑らかな 氷は、メタンやエタンの湖から隆起し、クレーターの壁も遠くに見えています。 (デイビット・シールによるイメージ図)

Credit: David Seal/NASA

 

 

 

すばる望遠鏡はマウナケア山頂にある有効口径8.2メートルの主鏡をもつ光学赤外線望遠鏡で、世界でも有数の大型望遠鏡です。最先端技術による高性能システム によって、高水準の観測を行うことができます。

Credit: Subaru Telescope/NAOJ



 

すばる望遠鏡に搭載されたHIPWACの写真。検出器と追尾システムがこちらに向いており、電気系筐体の一つが右側に見えます。

Credit: NASA/Subaru Telescope


 

探査機ボイジャーが撮影したタイタン。完全に厚い大気の層に覆われています。大気は約95%が窒素で、残りはメタンなどの炭化水素やシアン化水素などから 成っています。

Credit: NASA


 

窒素とメタンを多く含んだタイタンの厚い大気の向こうに土星が見えています。探査機カッシーニは、タイタン表面に近づくホイヘンスに高指向性アンテナを向けながら飛行します。

タイタンの地表には、ところどころメタンやアンモニアの薄氷に覆われ た、エタンとメタンの液体から成る湖が存在するかも知れません。タイタンの大気や地表に ある、より重い炭化水素のため、全体が茶色身がかったオレンジ色をしています。このイメージでは、探査機の大きさや氷の構造、土星のリングの傾き、厚い大気を通してみた土星 が誇張して描かれています。

Credit: NASA/JPL/Caltech

カッシーニ土星探査ミッションについての情報はこちら: http://www.nasa.gov/cassini


問い合わせ先:

Bill Steigerwald
NASA Goddard Space Flight Center
301 286 5017

Catherine Ishida
Subaru Telescope
808 934 5086

 

 

 

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