観測成果

すばるが写し出した、うずまき状の惑星誕生現場

2004年4月18日

 

天 体 名: ぎょしゃ座AB星
使用望遠鏡: すばる望遠鏡 (有効口径8.2m)、カセグレン焦点
使用観測装置: コロナグラフ撮像装置 (CIAO) +波面補償光学装置 (AO)
フィルター: H (1.65μm)
観測日時: 世界時2004年1月9、12日
露出時間: 26分
視野:8秒角x8秒角
画像の向き: 上が北、左が東
位置: 赤経(J2000.0)= 4h 55m 45.8s、赤緯(J2000.0)= +30°33' 4" (ぎょしゃ座)

 

 生まれて百万年程度の若い星のまわりには、宇宙の塵とガスからなる円盤状の構造があることが知られています (図1)。これは、星が分子雲から生まれるときの副産物とも言えるもので、まさにそこから地球や木星のような惑星が生まれるため、原始惑星系円盤 (注1) と呼ばれます。この構造は、大きさが太陽系のサイズ (注2) 程度しかないため、数百光年の距離にある星・惑星形成領域について観測するのは非常に困難なことです。しかし、惑星がどのようにして生まれるのかの理解は、原始惑星系円盤の詳細な観測なくしては進みません。若い星の多くが原始惑星系円盤を伴っていることは、これまでは主に電波観測・赤外線観測で明らかにされてきました。これらの多くは円盤の証拠を間接的にとらえたものですが、中心の星が明るいために、周囲の円盤を直接観測することは非常に難しいことです。 このため、直接撮像した例は、少数の特に大きな円盤や、たまたま星が円盤に隠されていた場合に限られます。

 国立天文台・東京大学・神戸大学・茨城大学・宇宙航空研究開発機構からなるチームは、すばる望遠鏡用赤外線冷却コロナグラフ撮像装置 (CIAO) 波面補償光学装置 (AO) を用いて、おうし座星形成領域にある多数の若い星を撮像するプロジェクトを進めています。コロナグラフは, 明るい中心星を隠し、その周辺の暗い天体や構造を探ることが出来る観測装置です。大気による星像の乱れを時々刻々と補正する補償光学と 高機能冷却コロナグラフとの組み合わせは、現在のところ、 世界の8mクラス望遠鏡でもすばる望遠鏡だけで稼動しています。

 上記プロジェクトの一環として、ぎょしゃ座AB星 (AB Aur、距離470光年) と呼ばれる年齢約400万年の星を観測したところ、そのまわりの原始惑星系円盤が、中心の星からの赤外線を反射して輝いている様子をとらえることに成功しました (図2)。不思議なことに、その円盤は平らではなく、銀河で見られるようなうずまきの形(spiral arm)をしていることが明らかになりました。その腕は必ずしも一筆書きでたどることができず、非常に複雑な構造をもっています。円盤の明るさの分布と、過去の電波観測から得られていた円盤の回転方向とを考え合わせると、銀河と同じように、腕を引きずって回転するようなうずまき円盤であることがわかります (図3)。星と円盤の周囲に残る密度の薄い塵を見通して観測できる赤外線波長で、しかも0.1秒角以下という高解像度で観測したことにより、円盤の微細な構造が初めて直接に見えてきたわけです。

 このような円盤のうずまき構造はなぜできたのでしょうか?理論的には、近くにある別の星 (伴星) との相互作用でうずまきができる、あるいは、円盤がある程度重い場合には円盤に密度のムラができ、それが円盤回転の影響でうずまき構造に成長することが予想されています。ぎょしゃ座AB星では、伴星と考えられる天体は (私たちの画像でも) 発見されていないので、おそらく円盤の外側から物質が落ち込み、円盤自体が重くなっている可能性が高いと考えています (注3)。

 うずまき円盤の腕が物質の塊を形成し、小天体 (惑星) が生まれる可能性についてはよく分かっていません。少なくとも、今回観測した領域に惑星そのものは発見されていませんし、また、惑星の存在を裏づける確かな証拠も見つかっていません。もし惑星が誕生している場合には、うずまき以外の構造 (リング状のすきま) が円盤中に現れると考えられます。この点は、今後の研究の重要なポイントのひとつです。

 今回の結果の意義や、今後の天文学にもたらすインパクトをまとめると以下のようになります:

1) 伴星を持たない星 (単独星) のまわりの円盤はのっぺりとした単純な構造をしているという概念を取り去った。惑星誕生の現場は予想されたよりも複雑な形態を持つ。

2) 今後、原始惑星系円盤の研究において、このようなうずまき構造の一般性やその進化の観測に興味が進むだろう。また、このような円盤構造やそこから生まれる惑星の可能性に関する研究に、高い関心を喚起すると思われる。

3) 今回の構造は、0.1秒角の解像度を達成することにより明らかになった。国立天文台が進めるALMA計画 (サブミリ波・ミリ波における巨大干渉計) も0.1-0.01秒角の解像度を目指しているが、そのような他波長における高解像度観測への重要な指針となる。

 私たちのチームは、このような惑星系形成の現場の直接観測の延長として、生まれたばかりの惑星やそれより重い褐色矮星 (スーパー惑星) の検出を急務としてすばる望遠鏡とコロナグラフで観測を続けています。

 論文は、米国アストロフィジカルジャーナル誌のレター (4月10日号:605巻、L53) に掲載されました。


(注1) 英語では protoplanetary disk。単にディスクとも呼ばれます。

(注2) 太陽系の直径は約100天文単位。1天文単位は、太陽・地球間の距離で、約1億5000万キロメートル。

(注3) 円盤から腕が伸びてうずまき状に見える例としては、ハッブル望遠鏡のACS可視光カメラを用いたHD141569Aの例があります。これは、中心星から750天文単位の距離にある伴星と円盤が相互作用して生じたもので、今回のような単独星の円盤におけるうずまき構造とは原因が異なります。一方、円盤の周辺部の密度の薄い部分 (エンベロープと呼ばれる構造) にうずまき状の構造があることは、同じくハッブル望遠鏡のSTIS撮像分光装置により2天体において見つかっています。しかし、ハッブル望遠鏡の可視光による観測では密度の濃い円盤の構造を明らかにすることは困難です。
 今回の赤外線による観測は、エンベロープ中の塵の影響を受けにくく、円盤の構造を初めてダイレクトに見ているものと考えられます。


(図1) 太陽のような星とその周りの物質の進化の模式図

これまでのさまざまな観測により、太陽のような比較的軽い星はこの図のような進化段階を経て主系列星に至ると考えられています。その進化の過程はおおまかに記すと以下のようになります。

星は分子雲と呼ばれるガスと塵のかたまりの密度の大きい部分が自らの重力で収縮して生まれます。図の最上段および2段目が生まれたばかりの星に対応するもので「原始星」と呼ばれています。星の周囲は多量のガスと塵に取り囲まれていて、中心にこれらの物質が落ち込んでいる状態でです。物質は直接に中心の星に落下するのではなく、おそらくこの段階で中心星を取り囲む円盤が出来ており、そこに向かって落下し、重力エネルギーを放出しています。その熱が赤外線やサブミリ波などの電磁波で観測されているのです。年齢は10万年以下と考えられます。

図の3段目は、いわゆる「Tタウリ型星」と呼ばれる年齢が百万年の若い太陽に相当する時期を表します。原始星のまわりに見られた多量の物質は、激しい吹き出しなどに よって吹き払われて、もっぱら濃い円盤構造のみが中心星のまわりに残ります。これが原始惑星系円盤です。

図の4段目は、Tタウリ型星がさらに進化した段階で年齢は千万年程度に対応します。原始惑星系円盤はしだいに薄くなり、代わりに惑星などが生まれている可能性があります。

図の最下段は、中心星で安定して水素が燃焼し、主系列星に達した状態を表します。年齢は一億年程度に対応します。原始惑星系円盤はほぼ消失してしています。しかし、一度形成された微惑星などの小天体の衝突などから生まれた第2世代の円盤が観測されることがあります。これが、いわゆるがか座ベータ星の塵円盤や私たちの太陽系の黄道光の原因となる塵だと考えられています。



(図2-1) ぎょしゃ座AB星 (AB Aur、距離470光年) の周囲の原始惑星系円盤の近赤外線画像 (波長約1.6μm)

中心星からの赤外線が円盤中の塵に反射して輝いている。中心星はコロナグラフのマスク (mask)により隠されているためにこの図では見えない。 (うずまき状の) 円盤の左下が明るいことは、左下が手前に傾いていることを示す。

   

(図2-2) うずまき状の円盤を横から眺めた模式図

中心星からの光が円盤の表面で反射している様子を表す。



(図3) うずまき状円盤の運動

赤外線の撮像観測だけではうずまき状円盤の運動はわからない。しかし、左下が明るいことは、円盤の左下部が手前側、右上部が奥側に傾いていることを示している。いっぽう、過去の解像度の低い電波観測では、円盤の形状はピンボケだが、その運動は推測できる。それによると、円盤の左上 (青の部分) が地球に近づき、右下 (赤の部分) が地球から遠ざかる運動をしている。よって、今回観測されたうずまき状の円盤は左下が手前側に傾き、左上部分が地球に近づく運動をしている、すなわち腕を引きずる向きに回転していることがわかる。

 

 

 

画像等のご利用について

ドキュメント内遷移