観測成果

波面補償光学装置 AO による初の分光観測

2002年1月16日

 すばる望遠鏡のカセグレン焦点に取り付ける波面補償光学装置 (Adaptive Optics、以下 AO) は、大気のゆらぎの影響を補正し、望遠鏡の理論的限界に近い精度の像を得る装置です。2000 年 12 月にファーストライトを迎えた後、試験観測を行いながら調整を進めています。この度、AO と 近赤外分光撮像装置を組み合わせた分光観測に成功し、すばる望遠鏡の能力が最大限に発揮された成果を得ることができました。

 すばる望遠鏡があるマウナケア山頂は、晴天が多い・大気が安定している・夜空が暗いなどの点から、天体観測を行う上で最も優れた場所のひとつです。このような環境においても、大気のゆらぎの影響は大きく、天体から届く光の像は乱れて広がり、天体の細かな構造を見分けることは難しくなります。すばる望遠鏡の理論的な分解能の限界 (回折限界) は、可視域で 0.02 秒角、近赤外域では 0.06 秒角です。しかし、これまでの観測から得られている値は、平均約 0.6 秒角でした。大気のゆらぎを補正すれば、より一層高い解像度が期待されます。

 すばる望遠鏡と観測装置 (近赤外線分光撮像 IRCS と コロナグラフ撮像装置 CIAO) の間に取り付ける AO の役割 (図1) は、時々刻々変化する大気のゆらぎによる光の波面の乱れを測定し、形状可変鏡 (図2) と呼ばれる特殊な鏡を用いてこれを打ち消すことです。この結果、回折限界に近い非常にシャープな近赤外域の像を得ることが可能となります (図3)。すばる望遠鏡の AO では、観測する天体の近くにある星 (ガイド星) の光を 36 分割し、高感度の光子検出器を用いたセンサー (波面曲率センサー) により、大気のゆらぎを測定します。一方、マウナケア山にある他の望遠鏡では、ガイド星の光をより多くの数に分割している (例えばケック望遠鏡では 240 分割) ため、捉えることのできるガイド星の明るさに制限がありました。すばる望遠鏡の AO は、暗いガイド星を用いるときに最も優れた性能を得ることが可能です。さらに、明るいガイド星に比べ暗いガイド星は非常に多く存在するため、高い解像度で観測できる夜空の範囲は、他の望遠鏡よりも格段に広いということもできます。

 分解能を高め天体の細かな構造を調べることを可能にする AO は、分光観測においても、その威力を発揮します。分光観測では、望遠鏡が集めた天体の光を細い溝 (スリット) に通し、さらにプリズムやグリズムと呼ばれる分散素子により波長ごとに異なる方向へ曲げさせます。その後、それぞれの光を受光センサー (赤外線アレイ検出器) 上の異なる位置に結像させ、得られる波長ごとの天体の明るさ (スペクトル) を調べることになります。波長を細かく分ける能力 (波長分解能) はスリットの幅を狭くするほど高くなりますが、大気のゆらぎによって広がった星の像よりもスリットを狭くすると、スリットに入りきらない光の分だけ光量を損をします。そこで AO を用いて天体の像をシャープにし、より狭いスリットを使うことによって高い波長分解能を実現させるのです。さらに天体の細かい構造ごとにスペクトルを得ることも可能になります。マウナケア山頂にある望遠鏡の中で、現在 AO を用いた分光観測が行えるのは、すばる望遠鏡とケック望遠鏡のみです。

 すばる望遠鏡では 2001 年 5 月、通常の恒星と比べて質量が軽いと見積もられた 2 つの天体からなる連星 (低質量連星系) について、AO と IRCS により分光観測を行いました。2001 年 2 月にハワイ大学の研究者らがジェミニ望遠鏡の AO を用いて発見したこの低質量連星系 (HD 130948B および C) は、地球から約 58 光年離れた HD 130948A と呼ばれる明るい恒星 (可視光で 5.9 等星) より約 2.6 秒角離れたところにあります。連星をなす 2 つの天体は、わずか 0.13 秒角しか離れていないため、AO を用いなければ連星であることを確認することはできません。

 今回のすばる望遠鏡による観測では、AO により HD 130948B と C をはっきりと分離し (図4)、さらに IRCS の分光モードによって分光観測に成功しました。観測により得られたスペクトル (図5) は水蒸気の強い吸収を示しており、HD 130948B と C の大気の温度は水の分子が分解する温度よりも十分に冷たい (1500 - 1700 °C) ことがわかります。さらに X 線の活動状態などから求めた HD 130948A の年齢 (5 億年から 10 億年) を考慮すると、HD 130948B と C は恒星として継続的に輝くことのできる質量の限界よりも軽く、近接した「褐色矮星」であることが明らかになりました (図6)。このような非常に接近した褐色矮星連星系は数例しか知られておらず、AO を用いた分光観測としてはケック望遠鏡に引き続き今回が 2 例目です。低質量星の進化や物理的・化学的性質を明らかにしていく上で、AO による近接した褐色矮星連星系の分光観測は必要不可欠な手段といえます。

 本研究は、ハワイ大学天文学研究所の研究者と共同で行われました。

  • 図1: 波面補償光学装置 (AO) 概念図
  • 図2: すばる望遠鏡で使っている形状可変鏡 (36 素子) を裏から見たところ。鏡の形を制御する電極が見える。各電極にかけた電圧に比例して鏡の表面が曲がり、大気のゆらぎによる像の乱れを補正する。鏡の直径は 110mm、そのうち光を反射する部分は 62mm である。
  • 図3: AO による星像の改善例 (二重星 HR 1852) 左: AO を動作させていないとき、右: AOが動作しているとき。観測波長は K バンド (2.2µm)。星の間隔は 0.31 秒角。
  • 図4: IRCS が捉えた褐色矮星連星の画像。左上: AO あり。右上: AO なし。左下: HD 130948B、C 付近の拡大図。右下: 2µm 付近のスペクトル画像。
  • 図5: HD 130958B と C の H バンド (上) と K バンド (下) のスペクトル。褐色矮星特有の深い水の吸収が見える。
  • 図6: HD 130958B と C の質量を示すグラフ。2 天体の年齢は、X 線活動度などから得られた HD 130948A の年齢 (5 億~ 10 億年) に等しいと仮定。有効温度は 図5 のスペクトルにある水の吸収の深さから求めた。進化モデルは Baraffe et al. 1998, A&A, 337, 403 による。
 

 

 

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