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宇宙ライター林公代の視点 (8) : 太陽系の歴史を探る

2016年8月12日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2023年9月21日

彗星はタイムカプセル

太陽系の小天体と言えば、彗星ほど不思議な天体はないでしょう。氷や塵でできている天体で突然前触れもなく現れて、瞬く間に去っていく宇宙の放浪者。まるで人魂のようにぼやっとひかる頭部と長く伸びる尾は不気味でもあり、古来より不吉なことが起きる予兆と忌み嫌われてきました。

しかし、天文学にとって彗星は太陽系の過去を伝える貴重な「化石」なのです。惑星は大きくなりすぎて、その表面は熱的にも物理的にも大きく変化し、誕生した頃の状態をとどめていません。しかし彗星は、太陽系が形成される頃に、惑星の材料となった微惑星が生き残った残存物と考えられているのです。

彗星は太陽から遥か遠く離れた場所 (注1) で、太陽系初期の物質をまさに氷漬け状態で保存しています。太陽系が誕生した時代を記憶した化石であり、タイムカプセルのようなものです。このタイムカプセルをあけるには、彗星の氷を溶かさないといけないと思われるかもしれませんが、その必要はありません。彗星は太陽に自分から近づいて氷を溶かし、過去の様子を私たちに教えてくれるのです。

宇宙ライター林公代の視点 (8) : 太陽系の歴史を探る 図

図1: HSC で撮影されたアイソン彗星 (C/2012 S1)。ハワイ現地時間2013年11月5日の明け方 (日本時間11月5日23時~24時頃) 撮影、観測波長は 760 ナノメートル (i バンド)。画像の上が北、左が東で、視野の直径が 1.5 度角。(クレジット:HSC Project / 国立天文台)

(注1) 彗星はその軌道周期から二つに分類されています。周期が 200 年以下の楕円軌道をもったものを「短周期彗星」、それ以外のものをまとめて「長周期彗星」と呼びます。その故郷については二つあります。短周期彗星の故郷は、冥王星より外側をとりまく「太陽系外縁天体」(太陽からの距離約 40~80 天文単位)、長周期彗星のふるさとは太陽を球殻状にとりまく「オールトの雲」 (同じく数万天文単位) と考えられています。

彗星の生い立ちを探るーその1 「温度計」で知る生まれた場所
彗星の生い立ちを探るには、いくつかの方法があります。

まずは彗星がどこで生まれたか。彗星には二つの故郷があると書きましたが、実は生まれた場所は別にあり、そこから遠くに飛ばされたと考えられています。最初に彗星が作られた場所を知るためには彗星が凍った時の温度を知ることが決め手になります。温度計に何を用いるかについて、すばる望遠鏡を用いた2000年のリニア彗星 (C/1999 S4) の観測が世界を驚かせることになりました。

彗星には水の氷だけでなく、アンモニア (NH3) の氷も含まれています。アンモニアが太陽の熱で溶け、ガスになるときに水素原子が一つもぎとられ NH2 分子となります。

この NH2 分子をすばる望遠鏡の高分散分光器 HDS で詳しく調べました。注目したのは、NH2 分子の水素原子核の内部です。2個の陽子が同じ方向を向いているか、別の方向を向いているかということを、オルソ状態とパラ状態 (注2) と呼びます。このオルソ状態とパラ状態の比率を調べることによって NH2 分子が凍りついた時の温度を推定することができるのです。 

オルソ・パラ比を求めるには彗星の光を集めて細かな分析をする必要があります。明るい彗星で、なおかつすばる望遠鏡のような大望遠鏡でないと観測は難しいのです。特にオルソ状態とパラ状態のそれぞれの分子が放つ光は非常に近接しているため、見分けるのは容易ではありません。県立ぐんま天文台 (2001年発表当時) の河北秀世さんたち観測チームは HDS 高分散分光器の高い分解能力で二つの光を分離することに成功、モデルを用いて計算することによって、元のアンモニア分子が凍りついた温度が絶対温度で 28 度 ± 2 度 (摂氏 -245 度 ± 2 度) であることを導き出しました。

この温度から、リニア彗星が現在の土星から天王星の軌道付近で生まれたことがわかったのです。

これまで水分子を使った同様の観測はありましたが、それ以外の成分から彗星が凍ったときの温度を求め、彗星が出来た場所を特定できることを示したのは「世界初」。渡部潤一さんは「彗星の起源を解明するために NH2 分子を用いる新たな手法を確立した意味は大きい」と評価します。

オルソ状態とパラ状態だけでなく、彗星に含まれる元素の同位体存在比も温度計の役割を果たします。2013年11月、太陽に接近したアイソン彗星をすばる望遠鏡の HDS を用いて観測し、NH2 に含まれる窒素の同位体の検出に成功しました。単独の彗星としては初めての例です。

この観測から彗星に NH2 が取り込まれた時の温度は絶対温度 10 度 (摂氏 -260 度) ととても低かった可能性があることがわかりました。過去の研究では彗星の氷に含まれている分子は絶対温度約 30 度 (摂氏 -240 度) と考えられていたことから、太陽系ができたときの温度環境について、見直しを迫る結果となりました。

宇宙ライター林公代の視点 (8) : 太陽系の歴史を探る 図2

図2: アイソン彗星の NH2 輝線 (特定の波長で放つ光)。右上図の青色の実線は今回、単独彗星として世界初の報告例である 15NH2 の輝線。これらの観測結果は、背景のアイソン彗星の画像で四角く囲まれた彗星の核付近の分光観測で得られました。(クレジット:国立天文台)

(注2) オルソ状態とパラ状態
水素分子は原子核 (陽子) 2個と電子2個からなります。原子核を構成する2個の陽子は量子力学的に自転しているとみなすことができ、2個の陽子の自転の向きが同じ方向を向いている状態をオルソ状態、反対方向を向いている状態をパラ状態と呼びます。オルソ状態とパラ状態の分子数の存在比率は、周囲の環境で変わることが知られています。

彗星の生い立ちを探るーその2 結晶質シリケイトを調べる

彗星の生い立ちは、その中に含まれる結晶質シリケイトを調べる方法でも探ることができます。結晶質シリケイトは 1000 度ぐらいに熱しないとできない物質です。ところが1980年代、彗星の中に結晶質シリケイトが発見されました。なぜ絶対温度数十度という極寒の環境でできた凍りついた天体の中に、1000 度で熱せられた粒子が存在するのか。天文学上の大問題になっていました。彗星内部を調べることが必要です。

2005年7月、NASA のディープ・インパクト探査機をテンペル第1彗星に衝突させた際に、衝突によって放出された彗星内部物質をすばる望遠鏡で観測した結果、テンペル第1彗星内部のシリケイト粒子が非常に高い結晶化率を持っていることがわかりました。

その後もすばる望遠鏡では継続して結晶質シリケイトの観測や研究が行われています。現在のところ、太陽系の内側で熱せられたシリケイトが遠くに飛ばされ、彗星の中に取り込まれたのではないか。つまり太陽系内の物質の移動が激しかったことを物語っているのではないかと考えられています。

宇宙ライター林公代の視点 (8) : 太陽系の歴史を探る 図3

図3: テンペル第1彗星内部からの結晶質シリケイト (緑色の部分) が宇宙空間に広がっていく様子。(クレジット:国立天文台)

彗星核分裂の瞬間や 100 年に一度のアウトバーストをとらえた!

彗星の核が 50 個以上に分裂するという、極めて珍しい現象の観測にもすばる望遠鏡は成功しています。観測したのはシュヴァスマン・ヴァハマン第3彗星 (SW3)。1930年にドイツのシュヴァスマンさんとヴァハマンさんが発見した彗星で、太陽の周りを約 5.4 年かけて一周する彗星です。

2006年の接近では核が数十個に分裂していることが世界中の天文台で観測されました。そこですばる望遠鏡は2006年5月3日、主焦点カメラ Suprime-Cam (シュプリーム・カム) を搭載し、SW3 の核の一つである B 核に狙いを定めました。

その後の解析により、54 個もの微小な分裂核が発見されました。「彗星の核の分裂はそれほど起こらないし、あっても数個程度です。これほど多数分裂する様子を観測し、そのサイズ分布まで観測できたのは世界で初めてのことです」(渡部潤一さん)。

宇宙ライター林公代の視点 (8) : 太陽系の歴史を探る 図4

図4: 2006年5月3日にすばる望遠鏡がとらえたシュヴァスマン・ヴァハマン第3彗星。左上角の明るい B 核の周りに微小な分裂核が点在します。彗星の動きに合わせて望遠鏡を駆動させているため、恒星は線状に伸びています。 (クレジット:国立天文台) 

珍しい現象を観測したという点では、ホームズ彗星 (17P/Holms) のアウトバースト現象の観測があります。アウトバーストとは彗星核から一時的に大量の塵やガスが噴き出すことで、急激な増光現象が見られます。かなりの数の彗星で見られる現象ですが、通常の光度の上昇幅は数等から5等ほど。つまり 100 倍明るくなるぐらいです。

しかしホームズ彗星の場合、2007年10月24日に約 17 等だったホームズ彗星が、二日足らずで2等近くまで明るくなる巨大なアウトバーストを起こしました。明るさは 50 万~100 万倍。観測史上最大規模であり、100 年に一度と言っていいほどの大規模な増光が見られたのです。

これだけ大きなアウトバースがなぜ起きるのかはよくわかっていません。休火山のような場所が口をあけて中から氷が一挙に噴き出したのか、核が分裂したのかなど様々な説がありました。急きょ、すばる望遠鏡の中間赤外線分光撮像装置 COMICS (コミックス) が向けられ、10月25~28日まで観測が行われました。「太陽と反対側、彗星核の南西方向に移動する塵の雲が検出されました。バーストによってわっと出た塵雲が太陽の光の圧力で流れて行ったのか、(元々) 離れた場所で塵雲が出現したのか、どちらにもとれる、予想しない現象でした」とこの研究を率いた渡部潤一さんは言います。

核全体から塵の放出が起こったと仮定すると、核の表層数メートル以上がわずか数日のうちに吹き飛んだことになります。一斉に塵を出すために核の内部でエネルギーの解放 (たとえば水氷の結晶化) が起きたとも考えられます。また塵の雲にはかなりの量の結晶質シリケイトが含まれることもわかりました。

COMICS の観測により、史上最大規模のアウトバースト現象をとらえただけでなく、内部で何が起こっていたかを見ることができたのです。

宇宙ライター林公代の視点 (8) : 太陽系の歴史を探る 図5

図5: 2007年10月25~28日にすばる望遠鏡 COMICS で観測したホームズ彗星。太陽と反対方向に塵の雲が移動する様子がとらえられています。(PASJ 掲載、出版社より許可を得て転載)

尾の短時間変化を捉える

彗星の尾の観測でも、すばる望遠鏡の広い視野と高い集光力が威力を発揮しています。2013年12月4日 (ハワイ時間)、国立天文台、ニューヨーク州立大学などの研究者チームはラブジョイ彗星 (C/2013) を観測。イオンの尾 (注3) の構造が 20 分ほどの間に大きく変化していたことを発見しました。このような短時間でのイオンの尾の急激な変化は過去に観測データも少なく、まだあまり理解されていません。

観測に使われたのは主焦点カメラ Suprime-Cam (シュプリーム・カム)。彗星核から約 80 万キロメートルの範囲のイオンの尾を繰り返し観測し時間変化を追ったところ、その構造が 10 分ほどの短時間で変化していること、尾の幅が時刻と共に細くなっていることがわかりました。

また核から 30 万キロメートルほどの位置に塊が生まれ、下流に流れて行く様子も発見されました。今回の観測はイオンの尾の動き始めの状態を観測したと言えます。

観測された塊の移動スピードは、過去にハレーすい星で観測された値などと比べてかなり遅いことがわかりました。イオンの塊の初速度がどのような条件で決まるのか、そもそも塊がどのように作られるのか。今後、さらに観測データを蓄積していくことで太陽風や磁場の研究に役立つことでしょう。

宇宙ライター林公代の視点 (8) : 太陽系の歴史を探る 図6

図6: 2013年12月にすばる望遠鏡が観測したラブジョイ彗星 (C/2013)。左の画像中、水色で囲まれた領域を拡大したのが右の4枚の画像。白丸で囲った部分が今回発見された塊で、時間と共に彗星の核から遠ざかる方向に移動しています。移動速度は秒速 20~25 キロメートルです。 (クレジット:国立天文台)

注3:彗星の尾は、その成分と見え方から大きく2種類に分けられます。一つは、ガスが作る「イオンの尾」。放出された電気を帯びたガスは、太陽風に流されて太陽とは反対の方向に細長く伸びます。もう一つは、塵が作る「ダストの尾」。放出された塵は、太陽の光の圧力(光圧)を受けて太陽とは反対の方向に伸びますが、塵のサイズによって圧力の受け方が異なるため、彗星の軌道面に広がり、幅のある尾になります。

今後への期待ー太陽系は広がっていく
2016年1月、カリフォルニア工科大学は太陽系外縁部に地球よりも重い「第9惑星」が存在することが示唆されると発表し、世界中の人々を驚かせました。シミュレーションによるとその天体は地球から 10 倍以上も重く、海王星より約 20 倍遠い軌道を1~2万年かけて公転しているそうです。

2008年にも神戸大学 (当時) の向井正教授らが、太陽系外縁部に惑星級の天体が存在すると指摘した論文を発表しました。渡部潤一さんは「もしそうした天体があるなら、捜索や発見に世界でもっとも適しているのはすばる望遠鏡です」と指摘します。実際、カリフォルニア工科大学のマイク・ブラウンさんはこれまでにもすばる望遠鏡を使って太陽系天体探査を集中的に行ってきています。

歴史的に見ても望遠鏡や天体写真技術が発達し、天体力学や軌道計算に対する知識を獲得し、人類の宇宙を見る目が良くなるにつれて、太陽系の見える範囲は劇的に広がってきています。すばる望遠鏡の新型広視野カメラ HSC を使い、外縁部の天体を広い範囲にわたって詳細に調べることで、これからも新しい天体が見つかり、太陽系は広がっていくことでしょう。

<図5の引用元情報>
Authors: Jun-ichi Watanabe, Mitsuhiko Honda, Masateru Ishiguro, Takafumi Ootsubo, Yuki Sarugaku, Toshihiko Kadono, Itsuki Sakon, Tetsuharu Fuse, Naruhisa Takato, Reiko Furusho
Title: Subaru/COMICS Mid-Infrared Observation of the Near-Nucleus Region of Comet 17P/Holmes at the Early Phase of an Outburst
Journal information: Publications of the Astronomical Society of Japan, Volume 61, pp. 679-685, August 25, 2009
By permission from Oxford University Press, license number 389899137875

(レポート:林公代)

林公代 (はやし きみよ)

福井県生まれ。神戸大学文学部卒業。日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーライターに。25 年以上にわたり宇宙関係者へのインタビュー、世界のロケット打ち上げ、宇宙関連施設を取材・執筆。著書に「宇宙遺産 138 億年の超絶景」(河出書房新社)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡飛行士らと共著 毎日新聞社/第 59 回青少年読書感想文全国コンクール課題図書) 等多数。

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