観測成果

すばる望遠鏡の最新成果が勢ぞろい
~ 日本天文学会欧文研究報告「すばる望遠鏡特集号」が刊行

2011年4月7日

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  日本天文学会欧文研究報告では、2011年3月増刊号として「すばる望遠鏡特集号 (Special Issue – Exploring the Universe with the Subaru Telescope: From Galaxies to the Solar System) 」が刊行されました。この特集号には、すばる望遠鏡を用いて得られた研究成果として、19 編の論文が掲載されています。

  すばる望遠鏡は、太陽系天体から最遠方の銀河まで、多彩な研究を行うことができる望遠鏡で、この特集号にもさまざまな研究分野からの報告が寄せられています。これを全体を通してみると、すばる望遠鏡の最近の研究の動向がみてとれます。以下、分野ごとに報告されている研究をご紹介します。


(1) 宇宙の歴史で最も星生成が活発だった 80-120 億年前の銀河の進化

  私たちの銀河系では現在でも星が次々と生まれていますが、過去にはもっと活発に星が生成されていた時期があったと考えられています。宇宙全体でみても、今から 80-120 億年ほど前 (赤方偏移 (注1) で1~4) は、星を活発に生成している銀河が多数あったとみられています。この時代が、銀河の進化のうえでも鍵を握っていると考えられるようになってきました。すばる望遠鏡は、赤方偏移で7に到る遠方銀河の観測で数々の成果をあげてきましたが、最近はもう少し時代の下った赤方偏移1~4の宇宙の研究も活発になっています。

  それらの研究を牽引しているのが、近赤外線で広い視野を持つカメラを有する多天体近赤外撮像分光装置 MOIRCS による観測です。田中他は 110 億年前の宇宙に、激しく星形成を行っている銀河の集団を発見しています。また、このカメラを用いた深い探査観測が鍛冶澤他 (a) によって報告されています。このデータに基づいた、銀河の形態や星生成活動の変遷の研究が、小西他鍛冶澤他 (b) によって報告されています。また但木他は、これとは別の観測データから、星生成活動と周辺の銀河の群れ具合の関係を調べています。これらの観測から、約 80 億年前には銀河が多数集まっている領域に見られる大型の銀河では早くも星生成活動が衰え始めている様子や、当時形成が進んだ比較的小さな銀河のなかには渦巻構造が見え、やがて銀河系のような大型の渦巻銀河になったらしいという銀河形成のシナリオが見えてきています。

(2) 超巨大ブラックホールと星生成銀河

  多くの銀河中心には超巨大ブラックホールが存在しているらしい—最近の観測研究は、銀河の進化と中心のブラックホールの間に深い関係があることを示しています。超巨大ブラックホールに物が落ち込むことによって明るく輝く天体は活動銀河中心核 (AGN) と呼ばれますが、今西他は、特に明るい AGN でも星生成が活発に進んでいることを近赤外線分光観測によって明らかにし、星生成とブラックホールの関連づけを強化する結果を得ました。白崎他は、「バーチャル天文台」(注2)に収められた過去のすばる望遠鏡のデータを大量に解析した結果、遠方の AGN ほど銀河が密集して衝突・合体しやすい場所に位置することを示しました。

  星生成とブラックホールを関係づけているかもしれないのが、銀河からのガスの噴出です。青木他は、最近「あかり」衛星により見つかった非常に明るいクエーサー (遠方の明るいAGN) の詳細な分光観測を行い、母銀河からのガスの噴出は銀河中心からやや離れたところからいくつにも分かれて起こっていることを示しました。

  私たちの銀河系の比較的近くで活発な星生成を示す銀河のひとつとして、M82 (距離約 1200万光年) が知られています。この銀河の中心に超巨大ブラックホールが存在するかどうか、確かな証拠は得られていませんが、星生成と銀河からのガスの噴出 (銀河風) の関係を調べるには格好の天体です。この銀河には塵が大量に含まれ、銀河内での星生成活動を詳細に観測することは困難でしたが、Ghandi 他は波長の長い中間赤外線での観測を行うことによって多数の星団が銀河中心部で生まれていることを明らかにし、そこから銀河風が出ていることを示しました。さらに、吉田他は、この銀河から放出された塵が飛び去る速度を広い範囲にわたって測定し、銀河風として吹き出した物質が銀河から飛び去るのか、やがて銀河にもどってくるのか議論しています。

(3) 銀河系とその周辺の星

  銀河系と周辺にある矮小銀河は、一つ一つの星に分離して詳しく調べることが出来ます。最近では、大望遠鏡を用いた矮小銀河の星の詳しい分光観測に基づいてその組成を調べる研究が活発になっています。本田他は、銀河系周辺の矮小銀河にある金属量の非常に少ない星々の中に唯一見つかっていた、重元素を多量に含む星の観測を行い、その重元素の起源を決めることに成功しました。竹田他 (a) は、銀河系における元素の合成と蓄積過程を理解する上で重要な元素である硫黄組成を、新たな観測手法で調べた結果を報告しています。

  また、星の基本的な構造や活動性にもまだまだ謎があります。竹田他 (b) は、年齢の高い星の大気にも、太陽と同じように温度が1万度にも達する層 (彩層) が存在することを明かにし、自転の遅い星にも彩層活動を支える何らかの機構があることを示しました。

  すばる望遠鏡では、太陽系外惑星の研究も活発に行われています。この特集号では、平野他により、海王星サイズの惑星が星の自転と大きくはずれた公転軌道をもっている惑星系の発見が報告されています。

(4) 太陽系の小惑星

  小惑星は、太陽系の形成期の情報を保持している始原天体として活発に研究されています。すばる望遠鏡の主焦点カメラ Suprime-Cam を用いると、その広い視野内に多数の暗い小惑星が写ります。Dermawan 他、中村他による2論文では、自転速度の速い小さな小惑星が多数発見されたことが報告されています。これらは直径 0.1~1 キロメートルのサイズをもち、形状は球に近いこともわかりました。これまでに発見されていなかったタイプの小惑星であり、小惑星の構造や形成過程に新しい知見をもたらすものです。

(5) 観測装置とソフトウエア

  最先端の観測を行うには、観測装置やデータ解析ソフトウエアの不断の開発が不可欠です。海老塚他の2論文では、多数の観測成果をあげている FOCAS と MOIRCS で用いられているグリズムという分散光学素子の開発とその性能評価が報告されています。また、古澤他では、すばる望遠鏡主焦点カメラのデータ解析を観測現場で素早く行うソフトウエアの開発について報告されています。これは限られた観測時間内で効率的に観測を進めるのに貢献するものです。


  すばる望遠鏡を用いた観測による研究成果は、世界の様々な学術雑誌に年間 100 論文以上発表されています。日本天文学会欧文研究報告 (通称 PASJ) は、日本天文学会が世界に発信する学術雑誌で、被引用数 (掲載論文が以後の研究論文で引用される数) に代表される学術雑誌としての評価が最近急速に高まっています。特集号の刊行により、すばる望遠鏡による観測成果が国内外に系統的に認知され、天文学の発展に貢献することが期待されます。



(注1) 宇宙が膨張しているために、遠方の天体からの光は私たちに届くまでに波長がのびます。この現象は赤方偏移とよばれ、波長ののびがない (ごく近くの) 天体は赤方偏移0で、波長が2倍、3倍... にのびている天体の赤方偏移は1、2... という具合に定義されます。宇宙年齢として 137 億年を採用すると、赤方偏移1は約 76 億年前、赤方偏移2は約 103 億年前、赤方偏移4は約 121 億年前の宇宙を見ていることになります。

(注2) 世界には様々な天文台・観測所でとられ、公開されているデータがあります。これを検索および取得・解析することができるシステムとしてバーチャル天文台 (VO) がつくられています。国立天文台天文データセンターも国際バーチャル天文台の枠組みのなかで、日本での開発を進めています




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