観測成果

すばる望遠鏡、主星の自転に逆行する太陽系外惑星を発見

2009年11月4日

<概要>

 国立天文台の研究者とマサチューセッツ工科大学の研究者を中心とする2つの研究チームは、すばる望遠鏡を用いて白鳥座の方向およそ1000光年先にある恒星HAT-P-7の観測を行い、この恒星のまわりの惑星HAT-P-7bが恒星の自転とは逆向きに公転していることを発見しました。このように惑星が逆行する現象は、複数の巨大惑星が重力によってお互いをはじき飛ばしたり、伴星の存在によって惑星の軌道の傾きが振動したりすることにより生じる可能性があると予言されていましたが、観測によって実際に発見されたのは今回が初めてです。太陽系外惑星には、太陽系とはまったく異なる公転軌道をもつ惑星の存在が多数知られていますが、今回の発見は惑星が誕生してから現在の軌道に至るまでの惑星系の進化を理解するうえで重要な観測成果です。


 太陽系外惑星 (系外惑星) は1995年に初めてその存在が確認され、2009年10月までに400個を超える候補が発見されています。しかし系外惑星の多くは、太陽系の惑星とはまったく異なる公転軌道の特徴を持っていました。例えば、木星のような巨大ガス惑星がたった数日で恒星のまわりを公転していたり、多くの惑星が大きな離心率を持った楕円軌道で公転しています。こうした系外惑星の軌道の多様性を説明するために、惑星が誕生して現在の軌道に至るまでのさまざまな惑星移動モデルが提案されてきました。

 惑星系は原始星と共に回転する原始惑星系円盤の中で形成されると考えられています。そのため、一般的に惑星は主星の自転する向きとほぼ同じ向きで公転していると考えられ、実際に私たちの太陽系の全ての惑星は、公転する軸が太陽の自転する軸と10度以内でよく揃っています。しかし、理論的にはそうならない場合も考えられます。例えば、複数の巨大惑星が重力によってお互いをはじき飛ばしたと考えるモデル (惑星散乱モデル) や、伴星の存在によって惑星の軌道の傾きが振動するというモデル (古在移動モデル:注1) では、惑星の公転軸がもとの軸から大きく傾き、場合によっては公転軌道傾斜角 (主星の自転軸に対する惑星の公転軸の傾き) が90度を超える (逆行する:注2) 可能性さえあります。

 国立天文台の成田憲保研究員 (日本学術振興会特別研究員PD) を中心とする研究チームでは、こうした惑星移動モデルの観測的検証を行うために、トランジット惑星系(地球から見て惑星が主星の前面を通過する惑星系)の観測に着目してきました。トランジット惑星系では、トランジット中に惑星が主星の自転を部分的に隠すために、見かけ上主星の速度がずれて観測されます (ロシター効果:図1)。このロシター効果の測定により、トランジット惑星系に対して地球から見た惑星の公転軌道傾斜角を知ることができます。すばる望遠鏡では2007年に初めてトランジット惑星TrES-1bの公転軌道傾斜角の測定に成功し (2007年8月23日すばる望遠鏡プレスリリース)、それ以来、複数のトランジット惑星系に対して惑星の公転軌道傾斜角の測定を実施してきました。

 今回、成田憲保研究員を中心とする研究チームは、2008年5月30日にすばる望遠鏡・高分散分光器 (HDS) でトランジット惑星系HAT-P-7 (注3) の観測を行い、世界で初めて惑星の逆行を示唆するロシター効果を検出しました (図2)。この観測結果は惑星がまず恒星の遠ざかる側を隠し、その後恒星の近づく側を隠したことを示しており、地球から見て惑星が主星の自転に逆行して公転していることを示唆しています。さらに、マサチューセッツ工科大学のJoshua Winn助教授を中心とする研究チームも、2009年7月1日にすばる望遠鏡・高分散分光器でHAT-P-7の観測を行い、同様に逆行を示す観測結果を得ました (図3)。それぞれの観測結果は、共に2009年8月に学術雑誌へ投稿・受理され、2009年10月に出版されました。

 本研究論文の受理時点において、HAT-P-7bは逆行を示す惑星として初めての発見となります。大きな公転軌道傾斜角を持つ惑星としてもまだ4つ目の発見です。このように逆行を含む大きな公転軌道傾斜角を持つ惑星の発見は、惑星系の軌道進化の仕方として最近提案されている惑星同士の散乱や伴星による軌道進化が、実際に起こった証拠と考えられ、多様な惑星系の形成を理解する上で非常に重要です。

 ただ、HAT-P-7bが惑星同士の散乱でできたのか、伴星の影響で軌道が変化したのかは、まだ判別することができていません。そのため、今後は外側にあると期待される巨大惑星や伴星を探索することが重要な観測課題となります。また、HAT-P-7は2009年3月に打ち上げられたNASAのトランジット観測衛星 Kepler (注4) の観測領域内にあり、今後の Kepler の観測によって逆行惑星HAT-P-7bの詳細な性質が明らかになっていくと期待されます。

 トランジット惑星の公転軌道傾斜角の測定は、日米欧で精力的な観測が続けられており、これから系外惑星の移動モデルに対する理解はますます深まっていくでしょう。

 本研究に関する論文は2009年10月25日発行の日本天文学会欧文研究報告誌、および2009年10月1日発行のアストロフィジカルジャーナルに掲載されました。


<研究論文の出典と著者の所属>

First Evidence of a Retrograde Orbit of a Transiting Exoplanet HAT-P-7b
Norio Narita, Bun'ei Sato, Teruyuki Hirano, Motohide Tamura, 2009,
Publ. Astron. Soc. Japan, Vol. 61, No. 5, L35-L40
成田憲保 国立天文台太陽系外惑星探査プロジェクト室 日本学術振興会特別研究員PD
佐藤文衛 東京工業大学グローバルエッジ研究院 テニュア・トラック助教
平野照幸 東京大学大学院生
田村元秀 国立天文台太陽系外惑星探査プロジェクト室 准教授

HAT-P-7: A Retrograde or Polar Orbit, and a Third Body
Joshua N. Winn, John Asher Johnson, Simon Albrecht, Andrew W. Howard,
Geoffrey W. Marcy, Ian J. Crossfield, Matthew J. Holman
The Astrophysical Journal Letters, Volume 703, Issue 2, pp. L99-L103 (2009)
Joshua N. Winn マサチューセッツ工科大学 助教授、他6名


(注1) 古在移動モデル:元国立天文台長・古在由秀氏 (現ぐんま天文台台長) が1962年に発表した古在共鳴の考え方を取り入れて考案された惑星移動モデル。系外惑星の中で最も軌道離心率の大きな惑星HD80606bの軌道を説明するモデルとして有名になり、古在氏の名前にちなんで古在移動 (Kozai migration) モデルと呼ばれている。

(注2) 逆行: 主星の自転軸に対して惑星の公転軸が90度以上傾いて惑星が公転していることを表わす。一方、傾きが90度以内である場合には、惑星が順行して公転しているという。太陽系内では、惑星や小惑星、太陽系外縁天体のほとんどが太陽のまわりを順行しているが、木星や土星などの衛星の中には、惑星の自転に逆行して公転しているものも存在する。

(注3) HAT-P-7:ハーバード大学のBakos氏らによるトランジット惑星探索プロジェクト「Hungarian Automated Telescope Network (HATNet) project」によって発見された7番目のトランジット惑星系 (Pal et al. 2008; ApJ, 680, 1450-1456)。主星のHAT-P-7は太陽系から見て白鳥座の方向およそ1000光年離れたところにあるF8型星で、質量は太陽の1.5倍ほど、大きさは太陽の1.8倍ほどある。今回逆行していることがわかった惑星HAT-P-7bは、系外惑星で多く発見されている「ホットジュピター」に分類される短周期の木星型惑星で、公転周期は2.2日、公転の軌道長半径は0.0377天文単位、質量は木星の1.8倍ほどある。なお、この惑星は軌道離心率がほぼ0であることもわかっている。

(注4) Kepler:NASA (アメリカ航空宇宙局) が打ち上げた太陽系外惑星探査用の宇宙望遠鏡。数年間にわたって白鳥座の方向を観測し続け、惑星のトランジットをモニターすることで地球型惑星の発見や木星型惑星の詳細な性質の研究などを目指している。HAT-P-7はKeplerの観測領域内にあり、今もHAT-P-7bのトランジットが観測され続けている。http://kepler.nasa.gov/



図1 ロシター効果の概念図

 恒星は一般に自転していて、我々に近づいてくる部分と遠ざかっていく部分がある。しかし、恒星は点状にしか見えないため、それぞれの部分からの光が足しあわされたものだけが観測できる。また、惑星が主星の前面を通過する際には光が弱まるが、主星面のどの部分を隠しているのか直接見ることはできない。しかし、左図のように、主星の自転で近づいてくる部分を惑星が隠すと、近づいてくる成分の光が相対的に弱くなるためにあたかも主星全体が遠ざかっているように見え、逆に右図のように遠ざかる部分を隠すと、主星全体がこちらに近づいてくるように見える。この見かけの主星の速度のずれをロシター効果と呼ぶ。

 なお惑星が主星の自転と同じ向きにまわっていると、最初に近づく側を隠し、その後に遠ざかる向きを隠す。しかし、惑星が主星の自転と逆向きにまわっている(逆行している)場合は、惑星は先に主星の遠ざかる側を隠し、後に近づく側を隠すので、この効果が逆転して観測される。


図2 すばる望遠鏡HDSによる2008年5月30日の観測結果 (Narita et al. 2009より作成)

 成田憲保研究員らによって、2008年5月30日にすばる望遠鏡HDSで観測されたHAT-P-7のロシター効果。観測された主星の速度から惑星の公転による速度(ケプラー運動)を除いたロシター効果の成分のみがプロットされている。この図から、トランジットが始まった直後は、惑星は主星の自転の遠ざかる側を隠し、その後主星の近づく側を隠していることがわかる。


図3 すばる望遠鏡HDSによる2009年7月1日の観測結果 (Winn et al. 2009より作成)

Joshua Winn助教授らによって、2009年7月1日にすばる望遠鏡HDSで観測されたHAT-P-7のロシター効果。この図でも成田憲保研究員らの結果と同様に、惑星がまず主星の自転の遠ざかる側を隠し、その後に近づく側を隠していることがわかる。




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